思い出との再会・後編




「……ダメです」

なんて答えればいいのかユーリが迷っていると、不意に隣から低い声がして急に強く抱きしめられた。

「ふ、フレン……っ?」
「ダメです。ユーリを連れて行かないでっ!」

ぎゅうっと、力一杯抱きしめられて身体が痛い。

「僕が…僕の方がずっとユーリと暮らしてきた家族だから。だから、ユーリを連れて行くなんて許さない」

痛いほど抱きしめられながらなんとか顔をあげることの出来たユーリは、自分を抱きしめているフレンの顔を下から見あげて、思わず目を瞠った。
いつも穏やかに笑っているフレンの顔が、まるで大人のようにきつくて険しい表情をしている。それなのに、耳は反対にぶるぶると震えていて、フレンが精一杯の虚勢を張っているのが丸わかりだ。
だけどそんな親友の姿を目にした途端、ユーリはぎゅうっと胸の中心を思いきり掴まれたような気がした。胸が痛い。そう思った途端、目尻のあたりが熱くなったような気がした。
泣くもんか。ユーリはぐっと瞳に力をこめると、すこし動いてフレンの耳に自分の耳を触れさせた。やわらかなフレンの耳の感触が伝わってくる。フレンもそれに気がついたのか、ユーリを抱きしめたまま勇気づけあうように耳で互いに触れあった。
そんな二人を青年はしばらくじっと見つめていたが、やがて小さく息を吐くと、すっと唇の端を苦笑するようにあげた。

「……そんな顔をするな、二人とも。これでは、まるで私がお前たちを苛めているようではないか」

それでもフレンはユーリを抱きしめたまま、探るような目で青年を見あげた。その強い光を宿す青い瞳を見つめ返しながら、青年は小さく息を吐いた。

「どうやら、話を早急に進めすぎたようだな……。弟は私が思っていたよりも、ずっと幸せに暮らしていたようだ」
「お兄さん……」

不意に優しい目で見つめられて、フレンは恥ずかしそうにうつむいた。そして、柔らかく細められた青年のその瞳が、いま自分が抱きしめている親友が微笑んだときの目と同じ形に細められていることに気がついた。

「一緒に暮らしているのか? ユーリと」
「はい」
「そうか」

青年はじっと自分を見あげているユーリに視線をうつすと、そっとテーブルごしに手を伸ばしてユーリの頭を撫でた。
その手はそういうことになれていないのかぎこちなく、撫でてくる手つきも力の加減が上手くいかなくてすこし痛かった。
だけどユーリはそれに文句を言うことなく、静かに青年の手を受け入れた。撫でるのは上手くないけれど、自分に触れてくるこの大きな手が、いま自分を抱きしめている親友の手のように優しく感じられたから。

「安心しろ。もうお前たちを引き離すようなことは言わない」
「え……?」

思わずユーリが戸惑ったような声をあげると、苦笑が返される。

「私も騎士団に籍を置く身だ。よく考えてみれば、お前を引き取ってもほとんど一人で家に放っておくことになってしまう。もちろん手元に置いておく方が私としては安心だが、それでは結局お前をひとりぼっちにしてしまうことになる」

青年は淡々とした声でそう言うと、フレンの方をふり返った。

「弟を頼めるか? 少年」
「もちろんです」

ぴん、と白い耳を立てながらフレンが答える。
それに青年は複雑そうな表情をすこし見せながらも頷くと、ぽかんとした顔のまま自分を見つめているユーリの頭をまた撫でた。

「もし私の所にきたくなったら、いつでも言え。いまは、居場所がわかっているだけで安心しておく。……だがそうだな、できれば、また会いに行ってもいいか?」
「……お、おう」

ユーリはちょっと顔を赤らめながら頷くと、すこし躊躇ってからもう一度口を開いた。

「なあ、あんたの名前を聞いて良いか?」
「そういえば言っていなかったか」

言われて気がついたとでもいうように呟いた青年に、ユーリは小さく頷く。

「……デューク」

そんなユーリに青年は何か言いたそうな顔をしながらも、複雑そうな顔で自分の名を告げた。

「デューク。……その、ありがとな」
「……私こそ、お前に会えて嬉しかった」

名を呼ばれた瞬間、デュークが微かに苦笑を浮かべたが、ユーリは気がつかなかったことにした。子供でも、まだそれは口にしてはいけないことなのだとわかっていた。そして、これ以上ここにいてはいけないことも。

「フレン、行こうぜ」
「ユーリ……」

本当にいいのか、と青い瞳が問いかけてくる。それに小さく頷いてみせると、ユーリは椅子から降りた。

「すこし待て、ケーキを包ませる」
「あ、うん」

言われて食べかけだったケーキのことを思い出して、ユーリは素直に頷いた。
そんなユーリに、どこか寂しげだったデュークの顔に優しい笑みが浮かぶ。うっかりその顔に見とれてしまいそうになったユーリは、慌ててふるふると頭を横に振ると、まだ心配そうに自分を見つめているフレンの手を強く握った。

「では、またな」

小さなケーキの箱をユーリに渡すと、デュークは店の入口に立ったまま二人を見送った。たぶん、それでいいのだとユーリも思った。


下町へと帰る坂道を降りる間も、フレンはユーリの手を放さなかった。
ユーリもその手を振り払うこともなく、ずっと握ったままにさせていた。
もう片方の手の先で、かさかさとケーキの箱が軽い音を立てている。
二つの手の中にあるものはそれぞれ重さが違ったけれど、その時のユーリにはどちらが重いのかはわからなかった。


END(08/11/07)

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うさ耳白黒兄弟。続いたりして…。