優しい理由






「前から凄く不思議だったんだけど、青年ってなんのかの言って団長さんに甘いよね」

どこからどうなってそんな話になったのか、ふと思いついたようにレイヴンがそんなことを言ってきた。

「そうか? 別にそう思わねえけどな……」

ユーリはグラスを片手に、キョトンと目を丸くしたまま首を傾げた。
珍しく二人部屋なことだしとこっそり夜になってから飲み始めたのだが、色々と品のない話が続いた後だったので、どうしてそこでフレンの話になったのか、ユーリは理解できなかった。
「いーや、甘いね。ユーリ君けっこうきついこと言っているつもりかもしれないけど、俺らから見たらじゃれているとしか見えないわよ」

「じゃれてるって……ガキじゃあるまいし」

ユーリは呆れながらグラスの中の琥珀色の液体を呷ると、空になったグラスを突きだした。
それになにも言わずに、レイヴンが酒を注ぐ。わりときつい酒のはずなのだが、ユーリの顔色はほとんど変わらない。
実のところ、レイヴンとしてはちょっとは色っぽい顔でも拝めると思っていたのだが、どうやら当ては外れたらしい。

「でもやっぱり色々と甘いと思うけどね。端から見てて」
「甘いって、具体的にどういうところがだよ」
「ん〜そうだなあ。雰囲気?」
「なんだそりゃ?」

いったい何を言い出すんだという顔になったユーリに、レイヴンはにんまりと猫のような笑みを浮かべた。

「二人で話しているときの雰囲気がね、なんて言うかこう、甘〜いかんじなんだよね」
「おっさん、ついに老眼が始まったか」
「ちょっ! ユーリ君たらひどい!」

誰が老眼よと騒ぐレイヴンを無視して、ユーリはすました顔でグラスを傾ける。

「馬鹿いってんなよ、だいたい野郎同士で甘い雰囲気とかねえだろ。しかもフレン相手で」
「青年……自覚ないのね」

しみじみとそう呟かれて、ユーリはムッとした顔になった。

「しつこいぞ、おっさん」
「だ〜って、ユーリ君てばおっさんと団長さんとでは全然態度違うし」
「当たり前だろ。付き合いの長さが違う」
「それだけじゃないでしょ」

レイヴンはずいっと身を乗り出してユーリに顔を寄せると、ふふんと小馬鹿にするように笑う。

「……青年でば、けっこうきっついこと言ってるわりには、本気で辛そうな顔されちゃうと黙っちゃうでしょ」

突然の指摘に、ユーリはのみこもうとしていた酒が変なところに入って思いきり咽せた。

「図星でしょ」
「んなことねーよ」
「嘘だね。このあいだだって、ちょっと口喧嘩っぽくなって結局最後は青年の方が折れて有耶無耶になってたでしょ」

いったいどこで見ていたんだと思ったが、相手がレイヴンならそれくらいこちらに気がつかれずにこなしそうなところが怖い。

「……苦手なんだよ、ガキの頃からあいつに泣かれるの」
「泣くんだ?」
「さすがにここ最近は見てねえけどな……」

ユーリは大きなため息をつくと、鬱陶しげに前髪を掻きあげた。

「ガキの頃大泣きされてさ……。それ以来、何となく苦手なんだよな」
「……ていうか、あの団長さんが泣くとことか想像できないんだけど」

優しげな顔をしていながら、実はかなりの熱血漢で頑固者なんだと言うことをレイヴンも知っている。ついでに言うなら、あれはちょっとやそっとのことじゃ泣くような玉じゃない。目の前の青年と同じように。

「だからさ、ちょっとでも泣きそうな顔されると弱えぇんだよな」
「なるほどねえ……」

レイヴンはちょっと気が抜けたような返事を返すと、ぽりぽりと頭を掻いた。

「でもだからって甘いとは違うと思うぞ」
「青年の中では、そういう区別なのね」
「俺の中では、ってなんだよ」
「いいわよ、そういうことで。つまりさ、青年はフレンの君のことが大好きで、だから泣かれたら自分もなんか変な気分になっちゃうからとか、そんななんでしょ?」

突然ガタンという音が鳴って、テーブルの上にグラスが置かれる。
その勢いに、もしかして怒らせたかと一瞬ひんやりとしながら視線をあげたレイヴンは、思わずそのまま硬直した。

「……外行ってくる」

ユーリは愛用の刀を掴むと、つかつかと窓の方へ歩いてゆく。

「ちょっと青年、そっち窓よ!」

しかしユーリはそんなレイヴンの制止にもふり返らず、そのままひらりと外へ飛び出して行ってしまった。
その姿を呆然と見送っていたレイヴンは、すぐに自分を取り戻したが自分で口を押さえて思わず上目づかいになった。

「……反則でしょ、あの顔は」

面白半分にからかっただけなのに、こっちにもとんだダメージだ。
やはりあの二人にはヘタに触らない方が良いのかもしれないと、あらためてレイヴンは心に誓ったのだった。


END