兵器としてのルークネタ1




二日ぶりに戻った屋敷で、出迎えに出てこなかった己の半身についてそっと執事が耳打ちしてきた言葉に、アッシュは両親への挨拶もそこそこに離れの自室へと足をむけた。
離れの近くまでやってくると、扉の前で控えていたメイドが慌てて礼をとる。アッシュは小さな手の動きで人払いを命じると、部屋の扉を開いた。
明るい光のさし込む広い部屋の片隅。カーテンの影に隠れるようにして、うずくまる姿がある。
アッシュは一度戸口で足をとめると、静かに扉を閉めてからこちらに背をむけて床にうずくまっている己の半身へと近づいていった。

「ルーク」

名を呼べば、ピクリと細い肩が跳ねあがる。いつもなら、自分の気配を察しただけで子犬のように抱きついてくる彼のそんな態度を怪訝に思いながら、アッシュは自分も床に膝をついた。

「どうしたんだ? ラムダスに聞いたが、朝から部屋に閉じこもっていたそうだな」

出来るだけ刺激しないようなやわらかな口調でアッシュは訊ねると、そっと顔をあげないルークの短い髪を撫でた。すこし前まではアッシュと同じくらいの長さがあったのだが、先日の戦いで刺客に襲われたアッシュを庇った際に短く切られてしまったのだ。
もちろんその刺客はアッシュが返り討ちにしたが、切られた髪が元に戻るはずもない。今更のように、あのときもっと酷い殺し方をしてやればよかったなどと軽い後悔を覚えながらルークの髪を撫でていると、ようやく膝の上に伏せられていた顔がおずおずとあげられる。

「……アッシュ」

いつもはアッシュの顔を見ればすぐに笑顔になる顔が、酷く悲しげに歪んでいる。そんな顔を見るのは、ここ数年ぶりだ。
ルークが作られたばかりの頃は、まだアッシュも幼かったせいもあってきつく当たっていたこともある。だがそれも、ともに戦場に出るようになってからは久しい。
むしろ今では過ぎるくらいにルークに対して過保護な自分を、屋敷の者達が半ば呆れながらも微笑ましく見ていることも知っている。だからこんなルークの顔を見るのは本当に久しぶりのことだった。

「何か嫌なことがあったのか?」

まずないだろうと思いながら、アッシュはルークに訊ねた。
アッシュのレプリカではあったが、ルークはこの屋敷では主人の一人として傅かれている。言動は幼いが、それゆえにたまに浮かべる笑顔が天使のようだと賞され、また虚弱なことから使用人達の保護欲を強くかき立てるのか大切にされている。
だから屋敷の者達がルークを傷つけるような真似をするはずがないが、万に一つということもある。もっともそれが故意にしろ過失にしろ、アッシュにとっては許せることではない。
例外があるとすれば父親だが、ここ半月ほど屋敷を不在にしていることはアッシュも知っている。
ルークは思考と感情をコントロールされているため、無条件にファブレの家の者を愛するように仕向けられている。だからこの家の中でルークを本当に傷つけることが出来るのは、両親とアッシュだけだった。

「ルーク、理由を言え」

少々可哀想だとは思いながらも、強く問う。
ルークはアッシュに逆らえない。そう作られているからだ。
だからルークはアッシュに対して秘密を持たない。だがそんなルークの存在が、懐疑的な質のアッシュにとっては一つの安らぎになっているのも事実だった。

「……朝起きたら、鳥が動かなくなっていたんだ」

その言葉にアッシュはふと少し離れた場所に、いつもは出窓にある鳥籠がおいてあることに気が付く。中を覗くと、鳥籠の底に小さな鳥がうずくまるようにして転がっている。

「アッシュが大切にしろって言っていたのに、動かなくなっちゃった……」

ぽつぽつとあまり抑揚のない声で呟くルークに、アッシュはまだ幼さの残るルークの顔を覗きこんだ。
アッシュから作られたレプリカだけあって、ルークはアッシュと同じ顔をしている。幼い頃はそれこそ鏡を見るようにそっくりだったが、そこに浮かぶ表情はかなり違う。
基本的にはあまり感情の起伏がないせいか、ルークは普段おっとりとした儚くも見える表情をしていることが多いが、いまの彼はすぐにでも泣き出しそうな顔をしている。

「寿命だったんだろう」
「じゅみょう?」
「生きる限界、そこで終わりってことだ」

終わり、とルークは不思議そうに呟くと、ぎゅっとアッシュの服を強く掴んだ。

「悲しいのか?」
「かなしい?」
「可愛がっていたんだろう」
「かわいがる?」
「大切にしていたってことだ」

その言葉に、ようやく納得がいったようにルークが頷く。

「大切だったよ。アッシュが大切にしなさいって言ったから……」

そこで何かを思い出したように少し笑みを見せると、ルークはまたすぐに不安そうな顔に戻ってアッシュを見上げた。

「アッシュは怒る?嫌いになる? 俺が大切に出来なかったから」
「……悲しいんじゃないのか?」
「悲しいよ、たぶん。だって、大切にしなさいって言われていたのに大切に出来なかったから」

大切にしなさいって言われていたのに、動かなくなってしまった。言われていたのに、その言葉を守れなかった。だから悲しい。そうルークの瞳が訴えている。
その時になって、アッシュははじめてルークが鳥が死んだことを悲しんで落ち込んでいるのではないことに気が付いた。
ルークはあの鳥がアッシュから贈られたものだから、そして大切にしなさいと言われていたものだから、死んでしまって悲しいのだ。
そう理解した途端、大きな氷の固まりを腹の中に呑みこんだような怖さを感じた。
ルークには死の概念がない。
それは殺戮兵器として生み出された彼にとって、無用な思考だからだ。大事なものだけを植え付けて、それ以外には積極的に関心を持たないように造られているから。



アッシュは目の前で不安げに自分を見上げているルークの体を、力一杯抱きしめた。
同じはずなのに、自分よりも線の細いからだ。
だがこの体から放たれる強大な力は、一瞬にして数千数万の人の命を奪うことが出来る。それ故にルークはキムラスカの至宝ローレライの宝珠と呼ばれ、その存在を隠されながらも崇められている。
本当は、自分に課せられたかもしれなかった過酷な運命。
だけどその運命の重さを理解することを許されず、ただ良いように使われて疲弊してゆくだけのレプリカ。

「アッシュ?」
「……馬鹿なことを言う。俺がおまえを嫌うはずがないだろう」
「ほんとうに?」
「ああ、約束する」

不安げだった顔が、その一言で笑顔に変わる。何も知らない、ある意味残酷で愛らしい笑みに。
自分に降りかかるはずだった運命を、そして罪をすべて引き受けたもう一人の自分。自分から分かたれたその存在を、最初は憎み嫌悪したこともあった。
だがそれが間違いだと気が付いてからは、大切な存在になった。そう、この世界の誰よりも大切な存在に。
誰よりも愛している。その存在ごと、その罪のすべてまで。
祭壇に捧げられた、生贄の仔羊たるこのレプリカドールを。

きっとずっと愛している。





END(08/05/31)初出(08/05/17)



一応こんな関係性。