兵器としてのルークネタ2




「アッシュさま、お時間です」
馬車の外から聞こえた低く押し殺したようなその声にアッシュは目を開くと、自分の肩にもたれて眠っているルークの顔を見下ろした。

「わかった。すぐに出る」

一拍おいて返事を返せば、鎧が擦れる金属音が遠ざかる。その音が完全に遠ざかるのを待ってから、アッシュはそっとルークの体を揺すった。
何日も馬車に揺られてきたせいか、ルークの顔色はあまりよくない。特別に仕立てられたこの馬車は、たしかに乗り心地がよく体への負担はすくないが、もともと体の弱いルークにはやはりこたえているらしい。
出来ればすこしでも体調が戻るまでゆっくりと眠らせていてやりたかったが、そうもいかないことも分かっている。
何度かそっと揺すると、ようやく伏せられていた睫が震えて翠の瞳があらわれる。まだ完全には目が覚めていないのか、茫洋とした光を宿す瞳が頼りなく揺れる。
甘えるようにすり寄ってくる幼い仕草に強い庇護欲を擽られながら、アッシュは小さくルークの名を呼んだ。

「ん…あっしゅ?」

舌足らずな、甘えの滲む声。
同じ声のはずなのに、どこか幼く甘く聞こえるその声。
声だけではない、ルークは髪の色も瞳の色もそして顔もアッシュとそっくり同じものを持っている。彼はアッシュから作り出された、彼の模造品。レプリカだからだ。
だが姿形はそっくりとはいえ、その顔に浮かぶ表情や言動はかなり違う。
ルークは人造生命体ゆえに、その思考と感情をすべてコントロールされている。そのため思考も言動も外見の年齢よりもずっと幼く、時々本当に小さな子供の相手をしているような気持ちになることがある。
だからこそこれから彼にさせなくてはならないことのことを思うと、アッシュの心はイヤな軋み音を立てて疼く。

「……時間だそうだ」
「…ん、わかった」

それでもなんとか自分の感情を押し殺しながら告げれば、こくりとルークの頭が小さく振られる。アッシュは衝動的に一度強くルークを抱きしめると、先に自分が馬車を降りてからルークの方へ手を差し伸べた。
その手に、はにかむような笑顔を向けてルークは手を重ねると、アッシュに抱き上げられるようにして馬車を降りた。
降り立った二人に、黒衣の騎士装束を身にまとった青年が少し離れた場所から礼を取る。それにアッシュは小さく頷いてみせると、ルークの体を支えながら歩き出した。

「遠いのか?」
「いえ、ここを登って十分くらいでつきます」
「そうか。ではお前はここにいろ」
「御意」

アッシュについて歩き出していた騎士は足をとめると、その場に膝をついた。それを軽く一瞥すると、アッシュは緩い坂道を登りはじめた。

「大丈夫か?」
「平気、これくらいなら」

だがそういって笑うルークの顔は、陽の下にあっても青ざめているのがはっきりとわかる。

「ルーク」
「大丈夫。だって、これは俺がやらなくちゃいけないことだから」

ふわりと笑みを浮かべると、ルークはアッシュの手を握りかえした。

「アッシュのために、そしてキムラスカのために戦うこと。それが、俺が存在する意味だから」

そう言って笑うルークの顔を、アッシュはまともに見ることができなかった。




言われていたとおり、坂道をしばらく登ってゆくと急に視界がひらけ、崖の上に出た。
眼下に広がる平原には深い森の緑と、小さな村や街がひろがっているのが見える。その中でももっとも遠くに見える大きな街の、おそらく教会の尖塔と思われる影をルークは指さした。

「あれ?」
「……ああ、そうだ」

無邪気に訊ねる声に複雑な気持ちを感じながら答えると、きょとんとした顔でルークが隣で見上げてくる。

「アッシュ?」

これから自分がすることの意味を、ルークは本当の意味では理解していない。だから、アッシュがそんな顔をしているのが不思議なのだろう。
ルークが持つ力。アッシュと同じ、単独での超振動による広範囲奇襲攻撃。殺戮兵器としてその力を振るうために、ルークは造られた。
そして、兵器に死の概念を理解することは必要ない。そう判断されたから、ルークは死という現象は知っていてもその概念を理解できていない。
自分がこらからおこなう行為によってどれだけの命が失われるのかも、そしてそれがどんな意味をもっているのかもわからない。だから命を奪うことへの罪悪感もなければ、禁忌もない。
ルーク自身は何も感じないのだと、分かっている。それが罪であることすら、彼は知らないのだから。だが、そう分かっていてもアッシュは割り切ることが出来ない。

「気にするな。あれで間違いない」
「ん、わかった」

ルークはアッシュの言葉に疑問を持たない。
アッシュの言葉がルークにとって真実であり、アッシュの存在自体がルークにとってすべてだからだ。

「あの街を壊せばいいんだな」

無邪気にルークが笑う。その笑顔をまともに見られなくて、アッシュは小さく頷く。それを確認したルークはくるりとアッシュに背をむけると、胸の前でそっと何かを包み込むような形に手を合わせた。
ふうっ、と辺りの空気の密度が変わる。
細いルークの体が、きらきらとした鱗粉のような淡い光をまといはじめる。そしてその光が強くなるにつれて、鮮やかなグラデーションをつくるアッシュよりも少し色の薄い朱金の長い髪がふわりと宙にひろがる。
その姿はまるで飛び立つ寸前の鳥の羽のようで、何度見ても思わずため息が出るほど荘厳な美しさを持っている。
ルークの体から放たれる金色の光の粒子の動きが、だんだんと活発になる。
光の小さな粒はルークの体の表面を撫でるようにしてすべて背中へと集まってゆき、しだいに一つの形を作ってゆく。金色の、大きな鳥の翼の形を。
ルークの背に、四枚の金と朱金の翼が生まれる。
その鮮やかな光景は、これからおこなわれる行為がもたらす残虐性を知っていても心が震える。裁きの天使のように恐ろしくも美しいその姿。それは彼が人ではなく、レプリカだからなのだろうか。
光の翼はさらにその輝きを増し、まばゆいほどの光を放つ。
そして、ふっと飽和したように空気が揺らぐと同時に、ひときわ輝いた翼がおおきく羽ばたき光の円を宙に描いた。
数千の光の矢が放たれ、やがてそれが一つの大きな光の矢となって先程ルークが指さした尖塔の影へと吸い込まれてゆく。その影が揺らぐと同時に、その一点を中心としてまばゆい光の輪が広がった。
まばゆい光と共に轟音が鳴り響き、空気を震わせる。
やがてひろがりきった光が急速に収束するように弱まると同時に、ふっと支えを失ったように目の前のルークの体が崩れ落ちる。アッシュはハッと我に返ると、急いでルークの元へ駆け寄り意識を失った体を抱き起こした。
まだ力の残滓が残っているルークの体はうすく輝き、蝶の鱗粉のような光の粒子が髪に肌にまとわりついている。アッシュはぐったりと目を閉じて浅い呼吸をくり返すルークの体を抱きしめると、ルークの左手にはめ込まれた宝石に自分の手にもある同じ宝石を押し当てた。
ルークの手の赤い石がまるで息をしているように淡く点滅するのにあわせるように、アッシュの手の石も淡く輝く。だが一向にルークの呼吸は整わず、苦しげな息の音はおさまらない。
アッシュは小さく舌打ちしてルークの体を抱き上げようとして、ふと自分の袖を引くルークの手に気が付いて慌てて顔を覗きこんだ。

「ルークっ!」
「……いいから、もう少し…触っていて…」
「ルーク…」
「すごく、気持ちいいから…お願い……」

青ざめた顔のままそう訴えるルークにアッシュはちいさく唇を噛むと、軽く額にキスをしてからあらためてルークを抱き上げた。

「後でいくらでも触ってやる。とりあえず今は馬車に戻るぞ。わかったな」
「……うん」

そう言えば、逆らわずに素直に頷く。
ルークは、アッシュに絶対に逆らわない。そう感情と思考をプログラミングされているからだ。
それでもこうやって安心しきって体をあずけてくるのは、そのせいだけではないのだとアッシュは信じている。

「なあ。俺、上手くできた?」

来た道を戻ろうと歩きはじめてすぐに、不安げな声でルークが訊ねてくる。その目には、まるで採点を待つ子供のような不安と期待がない交ぜになったような光が宿っていた。

「……ああ、もちろんだ」

アッシュは苦いものを呑みこみながら、なんとか微かに笑みを浮かべることに成功した。その笑みを見て、ようやく安心したようにルークが笑う。
ルークにとっては何万もの人の命を奪うことよりも、アッシュのその一言の方がずっと重要なのだ。


狂った価値観に、誤った倫理観。
何も知らない血濡れたレプリカドール。
己が被るはずだった罪をすべて引き受け、無邪気に笑う殺戮兵器。
その、幼い造られた心が、恐ろしいと同時に愛しくてたまらなくなる。
世界の誰もが彼を憎んでも、アッシュだけは彼を愛し続ける。


きっとそれが、運命だから。




END(08/05/31)



実際の兵器シーンはこんなイメージ。殺戮の天使と言うフレーズが、あの歌しか思い出せなくてどうしても書けないジレンマ。