ラピュータス




 
時計の針が完全に真夜中を回った時刻。寝静まったファブレ邸の離れの屋根の上には、人影が一つあった。

「うう〜、寒みい」

自分の体を縮こませるようにしてそう呟いたルークは、突然頭の上から振ってきたなにかに視界を塞がれてわたわたと手を振りまわすと、そのままバランスを崩して屋根の上から転げ落ちそうになった。

「うわっ!」

声をひそめていたのも忘れて思わず叫んだルークの手を、誰かが掴む。そしてそのまま強い力で後ろに引き戻されると、何か温かなものに背中から包まれた。

「……ったく、鈍くせえな」

突然のことにきょとんと目を丸くするルークの頭の上から、呆れを滲ませた呟きが落ちてくる。ルークはムッとした顔になると、自分を後ろから抱きかかえている相手をふり返った。

「お前のせいだろ! つか、なんでここにいるんだよ!」
「でかいネズミがごそごそと動き回っているのに、呑気に寝ていられるか。抜け出すんならもっと静かに抜け出せ、安眠妨害だ」
「人のことネズミよばわりす…んんっ!」
「バカかてめえは。声がでかい」

大きな手に口を塞がれてもごもごと言葉をのみこむと、ルークは改めていま自分を抱きしめている自分の半身を見上げた。

「悪りい……起こしちゃったんだな」

ようやく口元から手が外されて自由になると、ルークは小さな声で謝った。昨日も、アッシュが一日忙しく動き回っていたのは知っていたから。

「……そう思うなら大人しくしていろ」

疲れたような声でそう言いながら、アッシュは自分の体ごとルークを毛布で包みこんだ。さきほど頭に降ってきたのはこれだったのかと思い当たってアッシュを見上げると、月のない夜の中でもはっきりとわかるほどの仏頂面をさらしていた。
アッシュがこういう顔をするのは、決まってきまりが悪いときだ。たぶん自分が抜け出して屋根に上ったのを知って、毛布を持って追いかけてきてくれたのだろう。
じっと見上げていると、視線に気がついたアッシュがますます渋い顔になる しまいにはバカは風邪をひかねえって言うけどな、などと聞いてもいないのに言い訳じみたことをぼそりと漏らした。

「サンキュ」

本当は抱きしめ返したいくらいに可愛いなどと思ったのだが、あえてその感想は口にせずに礼だけをのべる。そんなことをしたら、うっかりもう一度屋根から落とされかねない。

「で、なんでこんな時間にこんなところに出てきたんだ? ガキは寝ている時間だろ」
「ガキじゃねえ!」
「ふん。いつもは日付をまわったらすぐに夢の中なのは、どこのどいつだ。……いや、ガキじゃなかったな」

からかうような声が、ふと後ろの方になってなにか含みのある調子に変わる。嫌な予感を感じながら視線を反らそうとすると、急にアッシュの髪が首筋に触れたと思ったら、そこを舐められた。

「ひあっ!」
「ここを舐められただけでこんな声をあげる奴が、ガキなわけなかったな」

くくっとかみ殺したような笑い声を耳元であげるアッシュに、ルークは抗議するように体を押し返した。
アッシュはあっさりとルークに押されるままに首筋から顔をあげると、唇の端をあげた。その顔が情事の時のような色気を漂わせているのを見て、一瞬甘い感情が胸のあたりをさざ波のように揺らす。しかしすぐにアッシュの目が楽しげに細められたのを見て、からかわれていたのだとわかる。
思わず声を荒げかけて、さらに楽しそうな目と視線があったのでそのまま黙り込む。ここで騒げば、また良いように遊ばれてしまうのは目に見えている。
悔しいが、口ではどうしてもアッシュにはかなわない。それに、こんなことをするためにここに登ってきたわけではないのだ。
むすりと黙ってしまったルークに、意外だったのかアッシュが微かに目を瞠ったのがわかった。ちょうどいいからこのまま無視してしまえと顔をそらしかけて、ルークは不意に動きを止めた。

「あっ! ああ──っ!……んぐっ」

思わず叫んだところを、再びアッシュに口を塞がれる。しかし幸いにも他には聞こえなかったのか、はたまた何か他の音と思われたのか、誰もやってこない。

「……ったく、てめえは声がでけーんだよ」
「アッシュだって声でかいじゃねえか、って、そうじゃなくて!」

慌てて空を見上げたルークは、しかし次の瞬間にはがくりと肩を落とした。それを見ていたアッシュは、ようやく合点がいったような顔になった。

「そういや今夜だったか……」

小規模だが流星群がやってくるとルークが聞いたのは、昨日のことだった。それである目的を持って今夜はここに上がってきたのだが、さっきから空を睨んでいるのにいっこうに星は流れてくれなかったのだ。

「……ようやく一個星が流れたのに」

ついてない、とルークが肩を落とすと、呆れたようなため息をつかれた。それにムッとして顔をあげると、ぽすりと軽く頭を叩かれた。

「バカかお前は。今夜の流星群が一番見られる時間はもっと後だ。その時間までここにいて凍死するつもりか」
「へ……?」

思ってもいなかった事を言われて、目を丸くする。するとやっぱりな、と小さな呟きが聞こえた。

「それで、なにを願うつもりだったんだ」
「……う」
「てめえの考えなんざお見通しなんだよ、屑」

鼻先で笑いながらも、その目は優しく笑っている。その瞳にちいさく胸がなるのをなんとか押さえながら、ルークはもごもごと口ごもりながら渋々と口を開く。

「……アッシュとずっと一緒にいられますように」
「なるほど」

くくっと楽しげに笑うアッシュを半目で見かえすと、にやりと質の悪い笑みが返された。

「くだらねえな。おまえは俺の剣で、おまえのすべては俺の物なんだろう? 何を今更ンな寝ぼけたこと言ってやがる」
「う……」

思わず口ごもると、ひょいと顎をつかまれて上を向かされる。

「さて、ンなくだらねえことに安眠妨害をされた責任は取ってもらうぞ」

そう告げられるなり、唇が重ねられる。はじめはゆっくりと軽く、そして促すように唇を舐められて薄く開くと、すぐにそれは熱く濃厚な物へと変化した。

「……んっ」

熱い舌が擦り合わされ、荒々しく口内を蹂躙される。舌先で口蓋部の粘膜を撫でられると、それだけでざわざわとした感覚が首筋の後ろあたりを駆け抜けてゆく。
いつの間にか向かい合わせになるように膝の上に抱きなおされ、ルークの足の間にアッシュの足が挟み込まれるように押し込まれる。

「んっ…ふうっ……」

ゆらりとそのまま体を揺らされれば、じわりと小さな熱が生まれる。絡みとられた舌が擦りあわされる動きにあわせて足の間に刺激を送られ、息が上がってくる。たまらず逃げようとするが、いつの間にかしっかりと抱きかかえられてしまって逃げることも出来ない。

「……っしゅ……」

キスの合間に何度も名前を呼ぼうとするが、そのたびに強く口の中をかき混ぜられて声が音にならない。最後に強く足の間を擦り上げられて唇が離されると、ルークはそのままアッシュの肩に頭をのせるように倒れこむと、必死に息を整えた。

「降りるぞ」

アッシュは低く耳元でそう呟くと、ルークを抱えたまま屋根の端まで行き、先に音もなく飛び降りた。

「……降りるなんて言ってねー」

ようやくすこしだけ自分を取り戻したルークは、無駄だとわかっていながらも屋根の端に張り付くようにとまりながら、下にいるアッシュを睨みつけた。

「そうか、言い方が悪かったな」

しかしアッシュはそんなルークを面白そうに見つめ返すと、かすかに唇の端を上げて質の悪い笑みを浮かべた。

「来い、ルーク」

強い言葉とともに、手が差しのべられる。
ルークがその言葉に従うと、微塵も疑っていないような顔。
それがひどく憎らしくもあり、それでいてどうしようもなく強く惹きつけられてしまう。それは、あの辛い日々の間にも常にあった気持ちだ。
ルークは思いきり屋根を蹴った。
差し伸べられた手は落ちてきたルークの体をなんなく受け止め、抱きしめる。そのたしかな腕の感触を愛しく思いながら、ルークはすべてをその手にゆだねた。




手を引かれたまま戻ったアッシュの部屋に入るなり、ふわりとあたたかな空気に包まれた。肌に感じるその温度に、ルークはようやく自分のからだが冷え切っていたことに気がついた。

「どうした」

一瞬、ぼんやりとして足が止まっていたらしい。怪訝そうに覗き込んできたアッシュになんでもないと首を横に振ると、そのまま手を引かれながらベッドの方へ足を進めた。

「なあ、このまま?」
「何か文句があるか」

先にベッドに腰をおろしたアッシュに背中から抱きしめられながら、その声にすこしだけ不機嫌な色が混じっていることに気がついて、ルークは慌てて言葉を探した。

「……寒かったし、先に風呂とか」
「なんだ? 随分と積極的だな」

含みのある物言いに意味がわからずきょとんと目を丸くたルークは、だがすぐに何を言われたのかを理解して、ぎょっとした顔で背後のアッシュをふり返った。

「ばっ…! そんなんじゃねえっ!」
「別に俺はかまわねえぞ。そういや風呂ではやったことがなかったからな」
「だ〜っ! 忘れろっ!」

じたばたと腕の中から逃げだそうと暴れるのを簡単に押さえこまれ、大人しくしろとでも言うように軽く首筋に噛みつかれる。そしてそれがはじまりの合図だとでも言うように、アッシュの手が前にまわり、慣れた手つきで寝着の前をはだけてゆく。
乾いた布が肌を擦る感触に、違和感を感じる。なんだろうとそれを不思議に思う間もなく、ひやりとした指先が肌を滑った。

「ひゃっ……!」

ぞわりと背筋を走った痺れに軽くのけぞりながら、ルークは戸惑うような目で肩越しに背後のアッシュをふり返った。
胸の上を辿る指が冷たいせいなのか、すでに自分のからだが熱を発しているような錯覚を感じる。
ざわざわと何かが皮膚の上を這うようなむず痒い感触が広がってゆく中で、アッシュの指がルークの左胸の上の突起を捏ねるように押しつぶす。そこはルークの弱いところの一つでもあったが、いつもよりも格段に強く感じる感覚に小さな混乱を覚える。

「……な、に?」

たぶん、酷く自分が頼りない顔をしたのだろうという自覚がルークにはあった。だがその顔が、見る相手によってはどんな感情を呼び起こすのかと言うことについては、ルークは無頓着なところがある。

「……んんっ!」

苦笑に似た笑みがアッシュの唇の端に刻まれると同時に、今度はもう片方の胸の上の突起も強く捏ねられる。そのまま両方を揉むように押し込まれ、ルークは小さく体を震わせながらぎゅっと強く目を瞑った。

「イイみたいだな」

くくっと耳元で笑われ、その熱く湿った息の気配にまで感じてしまいそうなりながらも、ルークは必死に首を横に振った。それにさらに笑いの気配が深くなったのが、目を閉じていても感じる。

「そうか? じゃあこっちはなんだ?」

胸から滑り落ちた手が、足の間を撫であげる。すでにそこで存在を主張し始めている物があることを感じていたルークは、ひくりと喉をそらしながら唇を噛む。と、噛みしめた唇をアッシュの指が強引に開かせた。

「唇を噛むな」
「ふ…っ、んんっ…んっ」

そのまま口内に入り込んできた指はやわらかな舌を挟むようにして口内をさぐると、引き出した濡れた指でまた胸の突起を探りはじめる。先程とはまた違う感覚におもわず喉をならすと、布ごしに撫でられるだけだった物が引き出され直接指で扱かれる。

「……ンっ…、ああぁっ! ふっ……やぁっ!」

なんの手加減もなく一番敏感な先端を擦られ、たまらずに悲鳴じみた声をあげた。腰が浮いたところで下肢の衣服をすべて剥がれ、改めて抱えなされる。抗議の声をあげる間もなく大きく足を広げさせられ、すでに先端から雫をこぼし始めていた物をふたたび捕らえられた。

「……や…だっ……」

一応拒否する言葉を口にしながらも、その声が期待で震えているのがわかる。いま快楽の中枢を握りしめているその指が、どんな甘い悦楽を与えてくれるのかをルークの体はすでに知っている。節の高いその指がどれだけ淫らに動き、自分を支配するのかを。

「本当にいやなのか?」

ルークの内心の期待など筒抜けのくせに、あえて意地悪く訊ねてくる。そんなアッシュを睨みつけると、不意に体が浮くような感覚があって視界がまわった。
背中に感じるやわらかな感触に、ベッドの上に投げ出されたのだとわかった。
はだけられた胸の上に、冷たい髪が流れ落ちる。その感触にびくりと体を震わせると、続いて端正なアッシュの顔が間近に降りてきた。
息を詰めて見守る前で、胸の真ん中を軽く舐められる。ちらりとひらめくように見えた赤い舌に、ぞくりと悪寒にも似た感覚が背筋を粟立てる。

「ルーク」

深い声でそう呼ばれて。そしてちゅっと小さな音を立てて左の胸の上の蕾に口づけられ、それだけで必死に保とうとしていたものを一気に崩されてしまう。
自分のすべてはアッシュの物で、そして自分はアッシュに振るわれる彼だけの剣。そんな自分が主である彼を拒むわけがない。
ルークは震える手を伸ばすと、アッシュの髪を掴んで引き寄せると口づけた。
それが、答えだった。


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(07/12/31)