Little flower waltz・1




昼食が終わったばかりの昼下がり。
ルークは遊び慣れた庭を抜けて、裏庭の方へとはいっていった。
人目につく表庭や中庭とは違い、さすがに最低限の手はいれられているが裏庭はどこか寂れた印象が強い。しかしルークにとっては、お日様のよく当たる中庭と同じくらいにこの裏庭は魅力的な場所である。
なにしろ人の手があまり入っていないおかげで、探検をするにはもってこいの場所なのだ。
ルークはさりげなく裏庭に向かいながらも、その夕日色の頭にある大きな猫科の耳をフルに使って注意深く周囲の音を拾う。
さいわい庭には誰もいないらしく、遠くでメイド達のおしゃべりが聞こえるだけだ。
と、ふわりと甘い菓子の匂いが風に運ばれてきて、思わず足をとめそうになる。
大好きな蜂蜜のパイの匂いだ。
一瞬心が動くが、ルークはふるふると大きく頭を振ってその誘惑を振り切る。
大好きな甘いパイよりももっとドキドキすることが、この先に待ち受けているのだ。こんなところで、くじけるわけにはいかない。


だって、今日こそは『外』に出てみるのだから。



屋敷をぐるりと取り囲む塀の一部に小さな穴があるのを見つけたのは、一昨日のことだった。
それは子供でも通るのが難しそうなごく小さな穴だったが、耳族であるルークには何の問題もない。
この屋敷に引き取られてから一年。ルークの生活範囲は、この広大な屋敷の敷地内だけだった。
もっとも、耳族の飼われ方としてはそれは珍しいことではない。
特にルークのような猫型の耳族は屋敷飼いでもそれほどストレスを溜めない性質なので、中には一生外の世界を知らないで終わる猫耳族もいるくらいだ。
そう、耳族。
ルークは姿形は人間の子供そのものだが、人間ではない。耳族と呼ばれる、とても人間に近いとされる種族だ。
知能レベルは人間とほとんど変わらず、ただ一つ決定的に違うのは彼らには獣のそれと同じ耳と尻尾があることだけ。
また彼らは、同族同士または似た種族同士で小さなコミュニティをつくって暮らしているが、人間のように共通した文明は持っていない。そう言う点では、人よりも動物に近いとも言えるだろう。
だがもともと個体数の少なかった彼らは、長い歴史の中で人と共存する道を選んだ。
今でも昔のように気ままに暮らしている耳族達も少なからずいるが、最近では愛玩動物として人に飼われている耳族の方がずっと多い。
知能も高く人に友好的な耳族は人気が高く、また最近ではその個体数が減りつつあることもあって、貴族などの富裕層では彼らを飼うことが一種のステータスとなっていた。

「よっし、まだ見つかってなかったな」

ルークは塀の前の茂みをかき分けて穴をみつけると、嬉しそうにぱたりと一度尻尾を振る。
随分と前からその穴はあったようなのだが、茂みに隠れているせいか誰も気がついていないようなのだ。
ルークはわくわくと好奇心に目を輝かせながら、穴に頭をもぐり込ませた。
途中で一回お尻のあたりがひっかかったが、足をバタバタさせているうちに、ルークは勢いあまってころりと穴の外へと転がり落ちてしまった。

「……いてて」

思い切り打ってしまったお尻をさすりながら立ちあがると、すぐ近くにあの小さな穴があった。
慌ててまわりを見回すと、そこも茂みの影になっていてどうやら外からは見えていないらしい。
きょろきょろと落ち着きなく辺りを見回していたルークは、ふと空を仰いだ。

「空の色が違う」

もちろんそんなはずなどないのだが、今のルークにはそう感じられた。

「よっしゃ!」

ルークは服についた土埃を払うと、ムンッとガッツポーズを決めた。


いざ行かん、冒険へ!




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