Little flower waltz・2




初めて見る人間の街は、ルークにとってびっくり箱のようだった。
閑静な屋敷の建ち並ぶ上層階を抜けて昇降機で下層の街に降り立つと、その賑やかさに圧倒されてルークはぽかんと口を開いたまましばらく動けなかった。
屋敷猫のルークは知らなかったが、彼が引き取られたファブレ公爵家の屋敷があるのはキムラスカ王国の王都バチカルである。
建ち並ぶたくさんの家々に、道を行き交う沢山の人々。
生まれてこの方、ルークはこんなに多くの人間を見るのは初めてだった。

「すげえ……」

はじめて見る光景に唖然としながら、ルークはハッと我に返ってぷるぷると頭を大きく振ると、気合いを入れるように拳を握りしめて胸を張る。
そしてまるでスキップでもするような足取りで、街へと駆け出していったのだった。



ルークがやってきたのは、バチカルでも一番賑やかな商業地区だった。
ちょうど市が立つ日だったのか、通りの両脇にはぎっしりと露店が軒を連ねている。
その後ろに並ぶ店舗の軒先にも台やカゴがたくさん並べられ、そこには色々な品物があふれかえっていた。
色鮮やかに咲き乱れる花々に、果物や野菜などの食料品。だが、ルークの目というより鼻を引き寄せたのは、甘い匂いを漂わせる菓子たちだった。
屋敷でおやつに出される上品で繊細な菓子たちとはその見かけからして違っていたが、食欲をそそられる甘い匂いはそれ以上だった。
色鮮やかなアメ細工に、焼きたてのクッキー。色々な形をしたマシュマロ。そして焼きたての香ばしい匂いをさせている、焼き菓子。
それらを見つめているルークの瞳は、好奇心にキラキラと輝いていた。
よそ見をして歩いているせいで何度も人にぶつかりそうになったが、相手はルークに気がつくと一瞬驚いたように目を丸くしてから、すぐにその表情を和ませる。
しかし物珍しさに気を取られて、ただでさえない注意力を完全にどこかに置き忘れているルークは、そんな相手の反応にまったく気がついていない。
初めてのお買い物よろしくふらふらと歩いているルークの姿は、思わず見ている者の笑みを誘うほど可愛らしかった。

「坊ちゃん、一つどうだい?うちのは美味いぞ」

よだれを垂らさんばかりの勢いでアメ細工を見つめているルークに、露店の店主が笑いかける。

「そうなのか?」

わくわくと期待に満ちた目でアメ細工を見つめていたルークは、店主の言葉に瞳を輝かせながら鳥の形をしたアメ細工をぱくりと噛みついた。

「……ん、美味っ! ありがとな!」

口の中にひろがる甘いアメの味にルークがにぱっと笑みを浮かべると、呆気にとられた顔でそれを見ていた店主がハッと我に返った顔になった。

「お、おいっ…」
「へ?」

わなわなと震える店主を不思議そうに見上げていたルークは、突然左の方から聞こえてきた怒声にピクンと耳を立てて目を丸くしたままふり返った。

「てっめえぇぇ! よくも先日はやってくれたな!」

びしりとこちらを指さして叫んだのは、耳族の少年たちだった。
ルークと同じ猫耳族の少年と、犬耳族の少年達が何人か。もちろん、ルークには見覚えのない顔だった。

「なんだ……?」

お屋敷猫のルークには、そもそも同族の知り合いなど皆無である。
だが少年達は、間違いなくルークを睨みつけている。
わけがわからずキョトンと見知らぬ同族の少年達を見ていたルークは、突然彼らがこちらにむかってすごい勢いで走ってくるのを見て、本能的にくるりと踵を返して走り出した。

「おいっ、坊主っ! てめえっ、食い逃げかっっ!」
「へっ? って、うあああああぁぁっ!」

嫌な予感はあたっていたのか、少年達はまっすぐルークを目指して駆けてくる。しかも、なんだか随分と殺気だって見えるのは気のせいだろうか。

「なな、な、なんだっ? ……って、お前らなんなんだよっ!!」
「うるせえっ! てめえっ、この間のこと忘れたとは言わせねえぞ!」
「知るかよそんなことっ!」

何が何だか分からないが、とにかく今は逃げるのが先だと言うことはルークにも分かっている。
だが所詮は箱入り猫、瞬く間に少年達との距離が縮んでゆく。

「うあああぁんっ! ガイ〜っ!」

思わずせっぱ詰まって自分の世話係の名を叫んだルークの手を、突然壁の影から現れた手が掴む。 そのままぐいっと強い力で横道に引き込まれてルークは勢いあまって転びそうになったが、それよりも早く誰かの手がルークの体を素早く支えると、手を引いたまま走り出した。





BACK← →NEXT(08/02/08)