Little flower waltz・11




昼下がりののんびりとした空気が流れる中庭を、ルークは危なっかしい足取りで走っていた。
無惨に切られてしまった髪は、いまでは肩のあたりで少しはねるくらいの長さに切られていて、まるでひよこのお尻のようになっている。
髪が短くなったせいなのか、ルークは以前よりもさらに幼い印象が強くなった。もっとも、彼が幼くなったように見えるのは他にも理由があるのだけれど。

「アッシュ!」

ようやく目的の相手をみつけて喜びの声をあげたルークに、木の上で本を読んでいたアッシュはぎょっとした顔になって慌てて飛び降りてきた。

「バカかお前は! その足で走るなって言っているだろうがっ!」
「だって、起きたらアッシュいねーんだもん」

むすっと頬をふくらませたルークにアッシュは深いため息をひとつつくと、びしりと額を指で弾いた。痛い、とさらにルークが拗ねた顔になると、今度はしょうがないとでも言いたげな笑みを浮かべてルークの手を握った。

「いいからさっさと部屋に戻るぞ。大人しくしてねーと、いつまでたっても治らねえぞ」
「だったら、アッシュも知らない間にいなくなるなよな。また出ていっちまったかと思うじゃねえか……」

そう言って耳をぺたりと伏せたルークに、アッシュは妙な顔になった。しかしガイあたりがみれば、それが照れくさいのと嬉しいのを必死に押し隠しているのだとすぐにわかる。

「出ていかねえよ。こんな手のかかるガキを残していったら、母上に迷惑がかかる」
「ガキじゃねー!」
「はっ、昼寝から起きて泣きべそかきそうな顔で俺のことを探していた奴がか?」
「う、うるせえなっ!」

うーっと唸りながら尻尾を左右に落ち着きなく振るルークに、アッシュが意地の悪そうな笑みを向ける。

「とにかくさっさと足を治せ。こんな頼りねえんじゃ、おちおち置いて出かけることもできねえからな」
「え…?」
「シンクから連絡が来た。一度顔を見せろとよ」

いつの間にと騒ぐルークを軽くあしらいながら、アッシュはこっそり内緒で裏庭から外に出ていたことは黙っていようと思った。
しかし、まさかルークとこんな風に一緒に暮らすことになるとは、初めて彼を屋敷の外から見たときには予想もしなかったことだった。
結局あの後、ルークに駄々をこねられただけではなくガイにも丸め込まれたアッシュは、そのまま屋敷へ一緒に帰ることになった。
突然戻ってきたもう一人の耳族の子供に、ファブレの奥方は涙を流して喜んだ。使用人達もアッシュの無事を喜び、その日の夜は自然と帰還祝いの席が設けられた。
さらにアッシュが驚いたのは、厳格なばかりだと思っていた公爵が知らせを受けるなり城から駆けつけて、思い切りアッシュのことを抱きしめたことだった。
どうしてあんなにも意地をはってしまったのか、いまになってみれば恥ずかしい限りなのだが、ともかくこうしてアッシュはめでたくファブレ家に戻ることとなったのだった。
そしてそれは同時に、手のかかる可愛い弟が出来ることでもあった。
あれほど憎いと思っていたはずなのに、いまではあの思いが嘘だったように自分のあとを必死に追いかけてくるこの弟が愛しい。
そして、過保護なまでにルークの世話を焼くアッシュの姿を屋敷中の者達が微笑ましく思っていることを、本人達だけが知らない。

「なあ、それってもしかして、俺も一緒に行こうって言っているのか?」
「なんだ、いかないのか」
「ううん! 行く行く! ぜってーに行くから!」
「だったら大人しくしていろ」

音が出そうなほど必死に首を横に振るルークに笑いながら、アッシュはさりげなくルークの腕を掴んで足に負担がいかないようにしてやる。

「なあなあ、だったらアッシュも部屋にいろよ。一人でいてもつまんねーよ」
「だったら読書の邪魔をするな。てめえがうるせえから避難してるんだからな」
「アッシュが本ばかり読んでるからだろ。たまには俺の相手もしろっての」
「ちょっとだけならな」

拗ねたように口をとがらせるルークにそう言ってやると、ぱっと花が咲いたような笑みがうかぶ。


考えもしなかった、日だまりのような日常。
やわらかくて温かくて、すこしだけくすぐったい毎日。
ようやく手に入れたこの幸せが、いまはとても愛しかった。



END



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