さがし物はなんですか?・1




 トルビキア大陸北部にあるギルドの街ダングレストの朝は、薄暗い。
 もっとも一年を通して曇天がほとんどのこの街では、からりと晴れ渡った朝を迎えられる日の方がずっと少ない。
始めてこの街にきた者はたいていこの鬱蒼とした雰囲気に戸惑うが、この街で生まれ育ったカロルにとってはなじみ深いものだ。
 カロルの足は、市場へと向かっている。たまには朝から焼きたてのパンでも買おうかと、今朝はすこし早起きをしたのだ。ジュディスは別に買い置きのものでもかまわないと言っていたけれど、なんとなく今朝はそんな気分だったのだ。
 ギルドメンバーで借りている小さな家から市場に向かうには、街の出入り口でもある橋の前を通ってゆくこととなる。
カロルは何となく早足になりながら橋の前を通り抜けようとして、ふと足をとめた。なぜ足が止まったのかはわからなかったが、そのまま何気なく橋の方を見やって思わず目を丸くする。
 朝靄に包まれた橋の上を、こちらに向かって誰かがやってくる。
 別にそれはこの不夜城に近い街では珍しいことではないけれど、カロルが思わず足をとめたのはその人影に見覚えがあったからだ。
 だがそれは同時に、本来ならいまここにいるはずがない人物でもあった。

「ユーリ?」

 思わず名を呟くと、まるで聞こえていたかのように相手が顔をあげてこちらを見た。そしてカロルの姿を認めると、軽く片手をあげて笑みを浮かべたのだった。



「なんだカロル先生、早起きだな」

 呆然と立ちつくしているカロルに向かって笑いかけると、ユーリはいつものようにカロルの頭をぐりぐりと撫でてきた。

「……市場に行くとこなんだけど」

 カロルは喉元まで出かかっていた言葉をのみこむと、思っていたこととはまったく別のことを口にした。だって、ユーリの笑顔が何となく恐い。
 一見近寄りがたく見えるが、普段のユーリはいたって気さくな青年だ。特に仲間に対しては甘くて、なんのかの言いながらもおおらかで面倒見がいい。だからカロルも安心して甘えたり文句を言ったりできるのだが、怒っているときだけは別だ。
 しかも笑顔で怒っているとなると、相当きていると見ていいだろう。さすがにギルドの首領とはいえ、カロルにそんなユーリをつつく度胸はない。

「市場? 何を買いに行くんだ?」
「えーと、パンを買いに行こうと思って」
「ふうん。だったら俺も付き合ってやろうか?」
「え? いっ、いいよ」
「遠慮すんなって」

 ユーリはカロルの背中をはたくと、さっさと目当ての店に足を向ける。その後を、ユーリの相棒であるラピードがゆったりとした足取りで追ってゆく。

「ら、ラピード」

 長い尻尾を振りながら主人について行く犬に思わず声をかけると、まるで人間のようにちらりとラピードがこちらに視線を寄越す。
カロルは助けを求めるように必死に目で合図するが、賢いワンコはそれに大きな口をあけて欠伸を一つすると、人間くさくふるふると首を横に振った。つまり、処置なしと。

「どうした、カロル先生。置いていくぞ」

 がっくりと肩を落としたカロルを不思議そうに見つめながら、ユーリが小さく首を傾げる。その仕草がやけに眩しく見えるのは気のせいだろうか。
 本当の美人は怒っていても美人。いや、むしろ少々気が立っている方がさらに綺麗に見えるなんて言っていたのは、どこのギルドの男たちだっただろうか。
間違いなくそれは女性のことをさして言っていたのだろうが、まさかそれをユーリに実感させられるとは思っても見なかった。
 だけど、ユーリが男にしておくにはもったいないほどの美人なのも事実で。そして、どうやらかなり気が立っているらしい彼が、恐いけれど眩しいくらいに綺麗なのも事実だった。
 カロルは自分でユーリに突っ込むのを早々に諦めると、とりあえず最初の目的を果たすためにユーリの後を追って駆け出した。
 この場にはいないもう一人の仲間に、その思いを託しながら。


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