さがし物はなんですか?・2




「あら、最近のパン屋ではおまけをつけてくれるのかしら」

 ユーリの顔を見るなり、朝食の準備をしていたジュディスは、にこりと笑いながら鋭い突っ込みを入れてきた。

「朝食、二人分しかないわよ」
「大丈夫だ。自分の分は調達してきた」
「あらそう?」

 ジュディスは小さく肩をすくめると、そのままキッチンの方へと引っ込んだ。すぐに二人分の朝食が運ばれてきて、三人はめいめい自分の席へとついた。一見、いつもとなんの変わりもない朝食風景。だがカロルには、正直なところあれだけ楽しみにしていた焼きたてパンの味もわからなかった。
 そして全員があらかた食べ終わった後、食後の珈琲を運んできたジュディスがまず容赦のない突っ込みをしかけてきた。

「で、どうしてあなたが今ここにいるのか教えてくれないかしら? 私の記憶が間違いなければ、あなたがここに帰ってくるのは一ヶ月後の予定だったと思うのだけれど」

 もう一人、笑顔の恐い美人がここにいる。
 無駄に美人度の高いギルドだと、カロルはあらためて思う。なにしろ構成員の半分が、滅多にお目にかかれない最高レベルの美人二人だ。だがいま問題なのはそんなことではなくて、ジュディスが言ったことの方だった。
 ちょうど一ヶ月前、ユーリは二ヶ月の予定で帝都へと旅立っていた。もちろん遊びでも休暇でもなく、れっきとした仕事としてだ。
 星喰み撃破後の世界復興において、現在ギルドと帝国騎士団は積年の確執をひとまず横に置いて協力体制にある。ユーリの帝都行きも、そんな協力体制下での仕事の一つだった。
 もっともそれは建前で、現実は騎士団と凛々の明星との間で結ばれた長期契約というのが実情だ。ただしその相手が騎士団長直々ということで、ギルド・ユニオンからも諸手をあげて歓迎されている。
 依頼内容は一言で言えば、騎士団長補佐。それも、表には出ない裏での補佐だ。
 実のところ、ユーリはダングレストにやってくるまでの間、毎日のように騎士団から復帰を打診し続けられていた。もちろん元からそんなつもりはさらさらないユーリはずっと断り続けていたのだが、現在深刻な人手不足に悩む騎士団としては、彼はどうしても諦めきれない人材だったのだ。
 ユーリには申し訳ないが、カロルにもそれは納得できてしまう。かつては犯罪者として指名手配までされたユーリだが、その実力とカリスマ性は誰もが認めているところだ。
 しかも騎士団にも帝国上層部にも、ユーリが星喰み撃破の件の影の功労者であることを知っている者は多い。さらに言えば、かつては短期間とはいえ騎士団に所属していたという経歴があるものだから、追い回されるのも無理ないだろう。
 だが頑として首を縦に振らないユーリに、騎士団の方もついには正攻法ではなく搦め手できた。つまり、ユーリの属するギルドへ長期契約を持ちかけてきたのだ。それも、破格の値で。
 しかも条件もかなり譲歩されていて、ギルドの仕事を優先させることを認めるだけでなく、この契約を結ぶことでギルドが帝国から様々な恩恵を受けられることも条件に盛り込まれていた。ただし、契約中は、あわせて年の三分の一以上帝都に滞在することが義務づけられる。
 もちろんユーリは最初はそれも即座に撥ね付けたのだが、結局幼なじみである騎士団長に半ば泣き落とされたのと、ユニオンからの取りなしで渋々頷くことになった。
 もっとも、幼なじみの力になれるということで、じつは内心はユーリもそれほど嫌がってはいなかったらしく、今ではなんのかの言いながらも定期的な帝都行きを密かに楽しみにしているようだった。
 そしてつい一ヶ月前も、ユーリはいつものようにちょっと嬉しそうにラピードをともなって帝都に出向いていったのだが、まさかこんな慌ただしく戻ってくるとはカロルも思っていなかった。
 それに、やっぱりなんだかいつものユーリとはちょっと様子が違う。ジュディスに問われて、軽口で返すどころかなぜかムスッとしたまま口を開かない。

「まあいいわ。言いたくなければ別に」
「ジュディス……」
「ギルドは家族と一緒。重大な隠しごとはタブーだけれど、お互いのテリトリーにも深く踏み込まない。ユーリも子供じゃないんだし、必要なら理由を言うでしょ?」

 不安げに見あげてくるカロルに、ジュディスはにこりといつものやわらかな笑みを向けるとそう諭した。

「出かけるなら、夕食の買い物をお願いするわ。内容はあなたにまかせるから」

 無言のまま席を立ったユーリにそういうと、ジュディスはひらひらと手を振った。それを横目でちらりと決まり悪そうに見てから、ユーリはラピードをつれて外に出て行ってしまった。

「ちょっと、ねえ、いいのアレ?」

 扉が閉まる音がすると同時に、カロルはいつものようににこやかな笑みを浮かべているジュディスをふり返った。

「いいのよ。たぶん喧嘩したんでしょ、あの騎士団長さんと」
「喧嘩? え、それだけで帰ってきちゃったの?」
「たぶん、相当ひどい喧嘩だったんじゃない? もう後悔しているみたいだけど」

 ジュディスは頬杖をつくと、意味ありげな笑みを浮かべた。

「でも、あのユーリがそれだけで帰ってきちゃったの? なんだか信じられないんだけど……」
「あらいいじゃない。彼、甘えているのよ私たちに。随分な進歩だと思わない?」
「……でも、せっかくあんなに楽しそうに帝都に行ったのに。それに、やっぱり喧嘩は良くないよ。あの二人、親友同士なのに」
「たまにはいいんじゃないかしら? あの騎士団長さん、ユーリに相当甘えているもの。それに、すこし気分がいいし」
「へ……?」

 きょとんと丸い目をさらに丸くするカロルに、ジュディスはにこりと笑ってみせる。反応の鈍いユーリにどうしたものかと策を練っている間に、あっさりと同性の幼なじみににさらって行かれるなどということになってしまったが、まだ諦めたわけではないのだ。

「恋敵は、蹴落とさないとね」

 そういって微笑んだ彼女の目には、戦闘の時と同じ鋭い光が宿っていた。



BACK← →NEXT(08/11/19)