さがし物はなんですか?・3




「あれっ、青年? なんであんたがここにいるのよ」
 夕食も終わった頃に訪ねてきたレイヴンは、ユーリの姿を認めると当然の疑問を口にした。
「別に、ちょっと早くあっちの仕事を引き上げただけだ」
「ふうん。ま、いいけどね」
 歯切れ悪く答えたユーリに珍しく突っ込むことなくさらりと流すと、レイヴンはだったらちょうど良かったわと呟いた。
「なにがちょうどいいの?」
「ん? おまえさん達に仕事を持ってきたんだけど、できたら大将がいた方が都合良かったからちょうどいいわってこと」
 レイヴンは勝手に椅子に腰をおろすと、カロルの方に向きなおった。
「実はね、戦士の殿堂からカドスの喉笛に住み着いた魔物退治の依頼が来ているのよ」
「戦士の殿堂から? でも、あそこならそれくらい自前で出来そうだけど」
「まあそうなんだけれど、ちょっと数が多いらしくてこっちからも応援を頼みたいって依頼なのよ。それにほら、前統領の件での確執がまだ全部片付いたわけじゃないでしょ。だから現統領もできるだけこっちと協力体制にあるってところを見せたいらしいのよね」
「でもなんだって、僕らの所に?」
 たしかに魔物退治は多くのギルドがこなしている仕事ではあるが、そういう大がかりな依頼はたいて魔物退治の専門ギルド、魔狩りの剣に優先的にまわされる。
 ユーリたちの凛々の明星も最近ではそれなりに名が知られてはいるが、やはり今までの実績が違う。
「あんたらはあっちでも顔が利くからね。星喰みの襲撃から街を救ったって実績もあるし、あっちの反感も少ないでしょ」
 そういえばそんなこともあったかとカロルは思い出しながら、ちらりとユーリの顔を見あげた。たしかにユーリがいる今なら、戦力的にもなんの問題もない。
 そんなことをぼんやりと考えていたら、まるでその声が聞こえたかのようにユーリがふり返った。
「カロル先生、俺その仕事受けたいんだけど」
 しかも、本人から希望ですか。カロルは思わず遠い目になった。そういえば夕食前に帰ってきたときも、暴れたりねえと小さく呟いていたのを聞いていたけれど、やっぱりそうなんですか。
 ちらりともう一人のメンバーであるジュディスを見れば、イイ笑顔が返ってくる。なにしろこの二人、筋金入りのバトルマニアでもあるのだ。そうなれば、いくら首領といえどもカロルに拒否権はない。
「受けるよ、その仕事」
「……少年、なんならおっさんもついていこうか?」
「お願いするよ」
 思わず同情的な顔でのぞき込んできたレイヴンに、カロルはため息とともに深く頷く。あの二人の領域にまで自分が到達する日は、多分まだ遠い。



 久しぶりにやってきたノードポリカは、相変わらず荒々しい活気に満ちていた。
 闘技場を構えるこの街には、世界中から腕に覚えのある荒くれ者が集まってくる。他の街にはない少々殺気だったこの空気が、ユーリはとても好きだった。なんというか、己の中にある闘争心も刺激されて気分が高揚するのだ。それは同じ性質のジュディスも同じらしく、どこかウキウキとした足取りなのがわかる。
 新統領のナッツは、ユーリ達を心から歓迎してくれた。
 思えば彼とは随分と濃いつきあいになる。たしかにレイヴンがユーリ達にこの依頼をまわしてきたのは、正しかったかもしれない。彼の側近達がユーリ達を見る目にも歓迎の意が現れている。
 状況を聞くと、どうやら事態は悪化しているらしい。どこから現れるのか、大量の魔物がカドスの喉笛に集まり、マンタイクとの行き来はほとんど分断されているという。
 精霊の活性化で多少砂漠化に歯止めがかかっているとはいえ、他に周囲に大きな街がないマンタイクにとってそれは死活問題になる。
 その場で明朝の出発が決められ、ユーリ達はナッツのはからいで闘技場の中の宿屋にとりあえず落ち着くこととなった。
 久しぶりに訪れた馴染みの宿はあの頃と変わりなく、旅の頃の思い出などをぽつぽつと話しているうちに、気がつけば起きているのはユーリとレイヴンの二人だけになっていた。
「ねえ青年。無粋なことを聞くようだけど、団長さんとなにがあったのよ」
 すやすやと健やかな寝息をたてているカロルに毛布をかけてやっていたユーリは、その問いに一瞬動きを止めた。
「……別に、なんにも……」
「って、顔じゃないでしょ」
 背後のベッドの上であぐらをかきながら、レイヴンが飄々とした声で突っ込みを入れてくる。
「おまえさん達が喧嘩をするのは珍しかないけど、青年がそんな顔してると少年もジュディスちゃんも心配するからね。自分じゃ気付いてないかもだけど、結構酷い顔よ」
 美人さんが台無しだし、と冷やかされて、ムッとしながらも多少自覚のあったユーリは自分の頬に手をあてた。
「……修行が足んねえな。ったく」
「ま、それだけ青年がおっさん達のこと愛してくれてるってことで」
「おっさんには、愛はねえけどな」
「冷たいわねえ……」
 わざと嘆くふりをするレイヴンの頭を軽く小突くと、ユーリはベッドの反対側に腰をおろした。
「いつもの、ちょっとした意見の食い違いってやつだ。たいしたことじゃねえよ」
「意見の食い違いねえ……。まさかと思うけど、またなんかで自分を利用すればいいとか、そんなこと言っちゃったんじゃないでしょうね」
 ちらりと横目で様子をうかがいつつ、沈黙してしまったユーリにレイヴンは額を押さえた。
「……青年、そりゃ団長さんが怒るのも無理ないわ」
「なんでだよ」
 珍しく子供のようにムスッとした顔で、ユーリは肩越しにレイヴンをふり返る。
「男として一番大事にしたい相手にそんなこと言われたら、色々と複雑でしょうが」
「でもあいつ、偽文書の時は平気で人に死んでくれって言ったぜ」
「そりゃ、青年とそういう関係になる前の話でしょ」
 レイヴンの言葉に、ユーリがなぜそんな話になると目で訴えかけてくる。
「じゃあ、青年は団長さんが自分のために命を落とすって言ったらどうする?」
「そんなの、一発はり倒すに決まってんだろ」
「つまり、そういうこと」
 それでもユーリはまだ納得できない顔で、レイヴンを睨みつけた。
「あいつと俺とでは、立場の重さが違うだろ」
「恋人としての立場は同等でしょ」
 ニッと、レイヴンが意味ありげに笑う。
「そういう考え方、おっさんは好きだけどね。愛にも理解がないと、堅物なだけじゃ務まらんからね。騎士団長なんて役職……」
 一瞬遠くを見るような目になったレイヴンに、ユーリは気付かないふりをした。踏み込んでは行けない場所は、わきまえているつもりだ。
「でもそれだけじゃないんでしょ、怒って帰ってきたくらいだから」
「……あの野郎、俺に見張りをつけやがったんだぜ」
 ぐっと拳を握りしめるユーリに、レイヴンはがっくり肩を落とした。たしかに言ってもいうことを聞かない相手なことは、幼なじみだけに余計にわかっているのだろうが、よりによって一番勘に障る手段に訴えたわけだ。
 まあ気持ちはわからないでもない。それどころか、有無を言わさず拘束しなかっただけ多少理性は働いたというところだろう。堅物のはずのあの団長さんも、ユーリが相手の時だけは普段の冷静さが嘘のように吹き飛ぶのだから。
 なにしろ相手は、風のようにすぐに手の中からすり抜けていってしまう相手だ。しかもとびきり魅力的なのに、本人にまるで自覚がないときている。そんな恋人を持ってしまったら、たしかに不安で仕方がないだろう。
 それなのに、そんな男心を同性のくせにまったくわかってくれない恋人は、いとも簡単に自分を駒として使えなんて言う。さすがのレイヴンも、いまここにいない彼に同情を覚えずにはいられなかった。
「まあ、おっさんとしては、今回ばかりはユーリくんに同意できないね」
「別におっさんに同意してもらわなくてもかまわねえけど?」
「ま、可愛くないわね」
「可愛くなくてけっこう」
 ユーリは軽く弾みをつけて立ちあがると、レイヴンの方に背をむけて自分のベッドに横になった。
「青年、逆向きじゃないの」
 返事はない。そのくせその背中が居心地悪げにもぞもぞ動いているのが見えて、レイヴンは口元を緩めた。
 以前は絶対に格好いいところしか見せなかったくせに、今ではそれでもたまにだけれどこうやって拗ねて甘える部分を見せてくれるようになった。それが彼を知る人々にどれだけ優越感を与えるのか、本人はまったくわかっていないだろう。
 まったく、その気がないレイヴンでさえついうっかりふらついてしてしまうのだから、本当に罪作りだ。
 無意識のうちに絶妙に他人の感情のあいだをすり抜けてゆくから、捕まえてみたくなる。すこし手を伸ばせば届く物じゃないから、もっと欲しくなる。
 本人は嫌がるだろうが、これほど追いかけられるのにふさわしい獲物もいないだろう。しかも、身体的にも精神的にも本当に手強い。
 もうちょっと若かったら、今以上に振り回されていたかもしれない。
 ふとそんなことを思ったが、レイヴンは口にしなかった。そのかわりに、こちらに背をむけているユーリの頭を軽く掌で叩いてから、自分もベッドに横になった。


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