君は僕の輝けるただ一つの星〜You are my only shining star〜 1




戦い終わって日が暮れて。
たぶん結果は目に見えていただろうけれど、とりあえず最終決戦の報告をしに行くかとユーリたちはオルニオンのフレンの元を訪れた。
そこで心からの歓迎と感謝の言葉を贈られた後、めずらしくあちらからできればこのまま帝都まで一緒に連れて行ってもらえないかと頼まれ、快く引き受けた。主にバウルが。
そして誘われるままにザーフィアス城に赴くと、そこではヨーデル殿下が諸手をあげて全員を歓迎してくれた。
なんやかとことの顛末を話しているうちに、いつの間にか歓待の用意がされていて。うっかり疲れていたのと、久しぶりに城にもどったエステルが嬉しそうだったこともあって、ずるずると流されるままにやっかいになることになった。
空腹にはとびきり美味な食事を、そして疲れ切った身体にはふかふかのベッド。
うっかり逆らえなかったのは、たぶん間違いなく全員があの最終決戦で疲れ果てていたからで。
でもそうやってちょっぴり気を緩めたばっかりに、気がつけばその次の日には帝都をあげての祝賀会なんてものに巻きこまれていた。
その席で今回の功績を讃えたいなどと言いだしたヨーデルを何とか説き伏せて諦めさせ、どうにか英雄として祭り上げらえるのだけは逃れる。
そんなのは柄でもないし、そんな厄介な肩書きを押しつけられて面倒な政治の世界に巻きこまれるのはもっとごめんだ。
本当はパーティ自体辞退したいところだったのだが、だったらせめてエステリーゼ様の護衛を勤めてくれたお礼をと続けられて、さすがにすべて断り切ることも出来ず、ユーリたちは結局そのまま祝賀会のパーティやらに強制参加させられることとなった。
唯一の救いといえば、世界が救われたことの祝賀会と銘打たれたそのパーティが、普段は城に招かれることもまれな市民階級にも解放されていたことだろう。
おかげで多少目立ちはするが変に興味を持たれるようなことはなく、ユーリたちもひっそりとパーティの喧噪に混じっていた。


* * *


そんな明るい光と賑やかな声に彩られたパーティ会場から、ユーリはこっそりとバルコニーを伝って城の裏庭に降り立つと、暗闇に紛れて人気のない場所を探した。
さすがに皇帝の居城だけあって、裏庭とはいえ綺麗に整えられた庭園をまっすぐ奥へと抜ける。
すると小さな池の畔にひっそりとたたずむ小さな東屋が見えてきて、ユーリは少し考えてからそちらへ足を向けた。
東屋に近づいてみると、どうやらあまり使われていないらしくベンチに枯葉が積もっていた。ますます好都合とばかりにユーリはベンチにどかりと腰をおろすと、慣れない高い襟の前をくつろげて一息ついた。
城の方から、小さく賑やかな音楽が聞こえてくる。
ずいぶんと暢気なものだとぼんやり思いながら、それでいて自分の気持ちもそれなりに高揚していたことに気がついて苦笑する。なんのかの言っても、この世界が救われたこと、そして大事なものが守れたことはやっぱり嬉しい。
それに今日の祝賀会は、都をあげてのものだとヨーデル殿下が強く主張したこともあって、身分の上下なく様々なものが帝都の住民全員にふるまわれているのだという。もちろん、下町の住民たちも例外ではない。
色々と思うところがないわけではないが、あの天然殿下はそれなりに下の者のことも考えてくれるようだ。彼なら、皇帝になってもそれなりには良い世界へと導こうと努力してくれるだろう。なにしろ、フレンもその傍らに付き添っているのだから。
ふと親友の顔が脳裏をよぎり、ユーリは微かに唇の端をあげた。
オルニオンで騎士たちの先頭に立って自分たちを迎えてくれたときのフレンは、一応騎士団長代理という立場を自覚していたのだろう。たしかにユーリたちを歓迎してくれたが、どこかよそよそしい感じがあった。
そんな彼の態度にリタやカロルなどのお子様たちは不満だったようだが、長年彼と一緒に歩んできたユーリにはわかっていた。
たぶん部下たちの目がなければ、あれはなんの迷いもなく自分のことを抱きしめてきただろう。
そういう直情的な行動を普通に取れるのがフレンのいいところではあるが、少しばかり捻くれている自覚のあるユーリにとっては色々と面映ゆい。なので、思いとどまってくれて良かったと思っている。
もちろん、それだけじゃない。
もうすでに、フレンとは道を違えている。
自分たちが親友であることは何にも変えられない事実だけれど、それはお互いの胸の中で思い合っていればいいことだ。ことさら他人にその関係を強調する必要もないし、ましてそれを振りかざすつもりもない。
いつだって心は隣にいるけれど、立場まで同じにしようとは思わない。だから今は、他人から見てすこしだけよそよそしく見えるくらいの距離を空けておいた方が良いのだ。

「ユーリ」

まるでその思考を読んでいたのかのように不意に名を呼ばれ、ユーリはぎょっとして後ろをふり返ると、すぐに身体の力を抜いた。

「……おいおい、騎士団長様が祝賀会を抜けてこんな所にいてイイのかよ」
「そう言う君こそ、なんでこんなところにいるんだい?」

いつの間にか東屋のすぐ外に立っていた親友は、そのままユーリのいる東屋の中に入ってくると、彼の前に立った。

「慣れねえお貴族様のパーティなんて、堅苦しくてかなわねえよ。エステルに付き合ってしかたねえから参加したけど、やっぱこういう華やかな空気は性に合わねえわ」

ユーリはひらひらと右手を振ると、うんざりしたように肩をすくめた。
それにくすりとフレンが笑った気配が上から降ってきたのに目線をあげると、柔らかな空の色を映した蒼い瞳が楽しげにユーリを見下ろしている。

「僕も同じようなもんだよ。どうもああいう華やかな雰囲気は苦手でね……」
「おまえなあ、その王子様面でそう言われても説得力ねえよ。それに、随分と如才なくふるまっていたじゃねえか」
「なんだ、見てくれていたんだ」

途端にパッと嬉しそうな笑みを浮かべたフレンに、ユーリは一瞬うっと言葉に詰まったが、すぐに意地の悪い笑みを浮かべた。

「おまえがヘマしねえか、見てたんだよ。……ったく、つまんねえったらありゃしねえ」
「ははっ、ユーリらしいね。でも、生憎とああいう場には少しだけ慣れてきたかな」
「まっ、騎士団長様になるんだからそういうのも必要だろ」

ユーリは足を組むと、ベンチの背にだらしなくもたれかかった。フレンはその隣に腰をおろすと、ユーリの方へ身体を向け、くすりと小さく笑った。

「ユーリ、似合っているねその服」
「はあ? 冗談じゃねえよ、こんな堅っ苦しい恰好」

ユーリは本気で嫌そうに顔をしかめると、先程緩めた襟をさらに窮屈そうに緩めた。
パーティに参加するにあたって、それぞれに新しい衣装が配られた。ユーリに渡されたのは色こそ普段と同じ黒い一揃えだったが、デザインはもっと細身で優雅なものに仕上げられていた。
黒に銀糸でところどころに縫い取りがされたその衣装は仲間たちからは絶賛されたが、本人はそれどころではなかった。
特にユーリが辟易したのは、普段は開け放している胸元がきっちりと閉められただけでなく、まるで拷問のようにぴっちりと締める高いカラーがついていたことである。
窮屈だからと前を広げようとすると、エステルを先頭に女性陣から厳しい注意が飛んでくる。実際その衣装は、ユーリ本人の意思はどうであれ大変彼に似合っていたのだが、本人はそれどころではない。
だから、褒められても全然嬉しくない。

「ユーリは昔から襟元がきついのは嫌いだもんね」
「あったり前だろ。こんな窮屈なの、息が詰まるってーの」
「襟だけじゃなくて、そもそも押さえつけられたり規律で縛られたりするのも、性に合ってなかったね」
「まあな。だから騎士団にも、そう未練はなかったぜ」

そう言ってニッと笑い返してやれば、全く君はと呆れたような表情が返ってきた。

「君は、これからどうするつもりなんだい?」

ふと、フレンが真顔に戻る。
ユーリは右手で頭を掻くと、軽く顎を上にむけた。

「まずは下町にいちど戻っかな。魔導器が使えなくなって一番最初に困るのは下町の連中だろうからな」
「その後は……?」

フレンの問いにユーリは彼の方に顔を向けると、暗紫色の瞳をすっと細めた。

「何が言いたい?」
「騎士団に、戻るつもりはないのかい?」
「何度も言ってんだろ。ねえよ」
「今なら、君が戻るのを誰も咎めないと思うけど」
「そういう問題じゃねえだろ」

ユーリはきっぱりと言い切ると、鋭い瞳をフレンに向ける。

「実際にはもう罪に問われなくても、俺は罪人だぜ? それに、騎士団のやり方は俺が目指しているものとは違う。俺は俺のやり方でやって行く。お前もそれを理解してくれていると思ってたけどな」
「うん。理解はしているけれど、僕は君にもっどてきてほしい。そして、側にいて僕を手伝って欲しい」
「なんと言われようと、俺にはその気はねえからな。悪りいな」

さらりと軽い口調だがはっきりとそう言うと、ユーリは自分の隣にすわる親友をあらためて見た。
祝いの席上だからだろうか、騎士服ではあるが甲冑はつけていない。昔はユーリもこの衣装に憧れを持っていたが、今では決して袖を通すことのない服だろうと思っている。

「言っただろ。窮屈なお仕着せは嫌いなんだよ」
「ヨーデル殿下から贈られた騎士装束は、騎士団の制服ともちょっと違っていたと思うけど」
「そうだっ! 忘れていたけどなんだありゃ? いらねえってお前に返したはずだろーが」
「でも着てくれたんだろ? 聞いたよ、エステリーゼ様から」

エステルも余計なことをと思わず心の中で舌打ちするが、着たのは事実だ。主な理由は女性陣たちの脅しに屈したからだが、思いのほか動きやすかったのは意外な発見だった。
だがそれはそれ、これはこれだ。
もうすでにユーリは凛々の明星のメンバーなのだから、今さら抜けるつもりはない。それに、間違いなく自分は騎士団よりもギルドとして活動する方が性に合っている。

「何度も言わせんな。騎士団にはもどらねえ」
「仕方ないね。諦めるよ……今のところは」
「この先も絶対にねえよ」
「強情だね」
「おまえこそ」

二人は互いに顔を見合わせると、ニッと笑いあった。

「それじゃあ、せっかくだし別の話をしようか」
「お、珍しいな。お前がここで引くとは」

茶化すようにユーリが言うと、フレンは軽く窘めるように彼の名前を呼んだ。それにひょいと軽く首をすくめてみせると、ユーリはまっすぐと見てめてくる青の瞳を見つめ返した。
夜目でもはっきりとわかるフレンの白っぽい金色の髪と、草原の青空のような青の瞳。フレンは子供の頃から童話の王子様のような容姿をしていたが、最近ではいっそうそれに磨きがかかって見える。
もっとも、性格は王子様というにはいささか真面目すぎて頑固だが、誠実なところは外見と相まって非常に女性受けが良い。

「今日は世界が救われた祝いの日だからね。君に説教ばかりもおもしろくないだろう?」
「説教だって自覚はあったんだな」
「まさか。君がそう思っているだけで、僕としては当たり前のことを言っているだけにすぎないと思っているよ」
「よく言うぜ」

右の拳で軽く頭を小突くふりをしてやれば、小さな笑い声があがる。
考えてみれば、なにかに追いたてられるような気持ちを感じずに、こうやってのんびりとフレンと話をするのもひさしぶりだ。旅の間も気を張りつめているだけではいけない、となるべく余裕を持つように気をつけていたつもりだったが、やはりそうはいかなかったようだ。
仲間たちは仲間たちで一緒にいて楽しいけれど、フレンはやはりユーリにとって特別な位置を占めている。無条件に背中を預けられるし、一緒にいればなんだって出来るような気がする。
やっぱり、フレンは特別なのだ。


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