君は僕の輝けるただ一つの星〜You are my only shining star〜 2




ユーリ、と名を呼ばれて視線をフレンに戻すと、明るい青の瞳がじっとこちらを見ていた。

「なんだ? あらたまった顔しやがって」
「うん。まあね」

白い手袋に包まれた手が、そっとユーリの手を取って引き寄せる。それをユーリは怪訝そうな目で見つめたが、あえて振り払うことはしなかった。

「ここらで一区切りつけておくべきかなって、思って」
「だからなんだよ、あらたまって」

苦笑混じりに聞き返したユーリは、そっと手を握られて軽く目を瞠った。別に痛いとかそういうわけではないけれど、なんだかフレンの様子がいつもと違うのだけはわかる。

「今回のことで、僕は色々と気付いたことがあった。自分が思っていた以上に心が狭くて、そして臆病だったってことにね」
「お前が心が狭かったら、世の中の大半の連中は人でなしだな」
「それは君の買いかぶりだよ」
「ま、頑固で融通がきかねえのはちょっといただけねえけどな」
「君が自由すぎるだけだろう」

からかうような言葉にも静かな声で返してくるフレンに、ユーリは小さく首を傾げた。やっぱりなんだか調子が狂う。

「僕が君に騎士団に戻って欲しいと思っているのは、君が正当な評価を受けるべき人間だって知っているからだよ」
「だからそれは……」
「でもそれだけじゃない。僕は君に側にいて欲しいんだ」
「お前は俺の手なんか借りなくても、上手くやっているだろ。あの副官のねーちゃんだってお前のために頑張ってるし……」
「僕が言うのは、そういう意味だけじゃない」

ユーリの手を握るフレンの指に力がはいる。
唐突にその手を振り払いたくなった。なんだろう、背筋のあたりがざわざわとして落ち着かない。

「僕は、君が好きなんだ」

ユーリは大きく一度瞬きをすると、知らないうちに肩に入っていた力を抜いた。

「俺だってお前のこと好きだぜ、相棒」
「そういう意味じゃなくて。君のことを愛している。友人としてだけでなくて、もっと他の意味でも」

指と指の間に、フレンの指がはいってくる。左手を絡めとられ、そして引き寄せられる。
間近に迫った蒼い瞳の中にからかいの色がないことを見とって、ユーリはじわりと嫌な種類の汗が背中を伝うのを感じた。
いや、もともとこんな冗談を言う男ではないことはわかっているけれど、頭が全力で理解を拒絶している。

「……お前でも捨て身の冗談を言うんだな」
「いまこの状況で冗談を言う馬鹿はいないと思うよ、ユーリ」

たちの悪いことに、極上の王子様スマイルつきときた。フレンはどこまでも本気だ。しかも最後に自分の名前を呼んだ声は、ハチミツ入りのミルクティよりもさらに甘い。

「悪りいな……、ちょっと理解が追いつかねえんだけど」
「じゃあもう一度言おうか? 僕はずっと君のことが好きだったよ。言わなかっただけで」
「えーと。落ち着けよ、フレン。な?」
「僕はこれ以上なく落ち着いているけど」

これは駄目だ。
ユーリはそう判断すると、しっかりと握られている指をほどこうと努力しながら視線を泳がせた。しかし絡められた指は思いのほか強くて、ほどけない。
しかも、場所も悪い。
今さらのようにそっと辺りを見回せば、奥庭にひっそりとたたずむ水辺の東屋。人目を忍んで密会する場所としては、これ以上ムード満点な場所はないだろう。
ユーリ自身は、そういう甘いムードとかに流されるようなタイプではない。だが相手が勝手に盛り上がっている場合は、これ以上ないほど悪い舞台設定だ。

「おまえ、俺の性別わかっているよな」
「当然だろ。子供の頃は一緒にお風呂も入っていたんだし」
「だよな……。その辺の通りすがりの奴とは違うもんな」
「ユーリの場合間違われても仕方ないと思うけどね。でも、見知らぬ他人がそういう目で君を見るのはちょっと許し難いかな」

すっ、と蒼い綺麗な瞳が剣呑に細められる。本気だ。
ユーリはそのまま脱力したい気持ちにかられながらも、なんとか自分をたてなおした。ここでうっかり隙など見せたら、取り返しがつかないことになる。何となくそう思う。

「もう一度訊く。冗談だよな?」
「本気だよ。僕は君を愛している。君が欲しい」
「ちょっと待て! いいから、ちょっと待てよ……」

迫ってくる顔を押し戻して、ユーリは息を一つついた。

「お前が本気なのはわかった……。だけど、いきなり言われてもンなの考えられねえから」
「ユーリ」
「そもそもおかしいだろ? なんで俺なんだ?」
「僕はずっと昔からユーリのことだけが好きだったよ」
「ああもう、そう言うんじゃなくてな」

ユーリはがしがしと頭を掻くと、言葉を探すように一度言葉を切った。

「ユーリは僕のことが嫌いかい?」
「ンなわけねえだろ」

これは即答できる。
それこそ、何かあったら命の危険があったとしても駆けつけてやりたい。そう何の躊躇いもなく思えるほどには、ユーリはフレンのことを大切に思っている。

「でも、お前が言う好きと俺がお前を好きだって言う気持ちは違うものだろ」
「いまはそうだね」
「今はって……ったく、何なんだよ!」

絡めとられた指は、まだほどけない。
振り払おうにもがっちりと掴まれてしまっているし、そもそも単純に力だけならフレンの方がユーリよりもずっと強くなってしまっている。
剣を交えれば今は互角と言えるだろうけれど、戦闘スタイルはほぼ正反対。いざとなれば力押しのフレンと、トリッキーな剣技を使う自分とでは素手での勝負は簡単についてしまう。

「それとも、もしかして君にはいま好きな人がいるのかい?」
「ンなのいねえよ。だいたいいまはそんなこと考えている暇ねえし」
「よかった。それなら僕とのことを考えてみてくれないかな?」
「てめえ、人の話聞いてンのか……?」

案にそういうことを考えるつもりはないと言っているのに、フレンは華麗にそれを無視した。わかってやっているだろうと思う半面、本気でわかっていないのかもしれない可能性もあるから、たちが悪い。

「とにかく。いきなりそんなこと言われたって、わからねえよ……」
「だったら考える余地はあるってことだよね?」
「そ、そういうわけじゃ……」

慌てて否定しようとして、ユーリはうっかりフレンの顔を正面から見てしまい、そして後悔した。
じっと自分を見つめてくる蒼い瞳が、置き去りにされた仔犬のように寂しげな頼りない色を宿している。表情も成人を越えた男とは思えないような寂しげなもので、そしてユーリは、昔からフレンのこういう表情に弱かった。

「ねえユーリ。僕は今すぐ返事が欲しいわけじゃないんだ」

フレンはユーリの手を絡めとっている手にもう片方の手をそっとそえると、軽く首をかしげるようにして視線を合わせてきた。

「いきなりで君が混乱しているのもわかっている。だから考えて欲しいんだ、僕が言ったことを」
「無茶言うな……」
「でもユーリ、君はいま好きな人はいないんだろう? だったら考えてみてくれないか。僕は、本気だから」

ずるい、と思った。
そんなことを先に言われては、笑い飛ばして誤魔化すこともできやしない。

「……だけだからな」
「ん?」
「考えるだけだからな。その、受け入れるとかじゃなくて、断るにしてもだ。いまは、それだけでいいな?」
「十分だよ」

フレンはホッとしたように肩の力を抜くと、ようやくいつもの彼らしい笑みを見せた。

「あ、でも一つだけいいかな?」
「な、なんだよ……」
「僕は君のことを好きだから。だから、そういう気持ちをちゃんとこれからも君に伝えるから」
「はあ?」
「それくらい、いいよね」

軽く上目づかいに見あげられて、ユーリはうっと言葉に詰まった。だから昔から自分は、フレンのそういう目に弱いのだ。
それに、さすがにそれも駄目だと言うのは、なんだか自分だけが我が儘を言っているような気にさせられる。
なんのかの言いながらも、ユーリは自分が受けいれている相手を強く突き放すことなんて出来ない性格をしている。それがフレンならなおさらだ。
だって、子供の頃からずっと一緒だったのだ。
フレンは友人であると同時に家族であり、紛れもなくユーリにとって誰よりも大切な相手だ。一時的に決別しても、嫌うことなんてできなかった。フレンとは、ユーリにとってそういう存在なのだ。
仕方なく頷くと、にこりと嬉しそうにフレンが笑う。色々と問題はあるが、そうまであからさまに嬉しそうな顔をされると、それ以上強いことを言えなくなる。

「ありがとう。ユーリ」
「勘違いすんなよ。別に承知したわけじゃねえからな」
「わかっているよ。僕としても無理矢理っていうのは主義じゃないからね」

さらりと恐いことを言うと、フレンは握っていたユーリの手を恭しく持ち上げて、まるで貴族の姫君にするようにそっとその甲に口づけた。

「ふふふ、フレンっ? おっ、おっ、おまえっ!」
「なに? 単なる挨拶がわりだよ」

ユーリはあわててフレンの手を振り払うと、取り返した自分の手を背中にまわした。
そのまま警戒するようにじりじりと後にさがるユーリを見つめながらフレンは微かに唇の端をあげると、身を乗り出すようにして再び顔を近づけた。

「大好きだよ、本当に」

その言葉に一瞬凍り付いたのは、その声の甘さに驚いたのかそれともその言葉の意味を思考が拒否したのか。
気がつけば、唇に触れた軽い感触が離れてゆくところだった。

「ごちそうさま」

その次の瞬間、乾いた激しい破裂音とともに騎士団長が吹き飛んだのは言うまでもない。



そのまま東屋から飛び出したユーリは、まっすぐ城の外に向かうと、浮かれ騒ぐ人々の波をさけるようにして下町へ下ってゆく坂道を駆け下りた。
だからそんな彼がどんな表情をしていたのかを知っているものは、誰もいない。


END(初出08/10/09〜/18)(08/10/24)

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コンセプトがフレン王子様計画なので、タイトルもキモイほどベタで甘いものに変更しました。
よもや今になってこのタイトルを使う日が来るとは…orz。