シャルロットは語る・3




 油断した、と思ったときにはすでに遅かった。
 アッシュは横合いから斬りかかってきた相手を切り伏せながら、小さく舌打ちをした。襲撃があることは予測していたが、まさかここで仕掛けてくるとは完全に想定外のことだった。
 たしかに自らの油断があったことも認めるが、相手がここまでなりふり構わない行動に出るとはさすがにこちらも思わなかったのだ。
 だが、よく考えてみればそういうなりふり構わない相手の行動こそ一番予想が出来ないのだと、自分は日々学んでいるではないか、と自嘲する。そして、そういう相手こそ一番厄介なのだ。



 アッシュが還ってきてから、そろそろ一年が過ぎようとしている。
 半年前まではこちらに戻ってきたのはアッシュだけで、それはそれでやはり様々な方面に波紋を投げかけてはいたのだが、ルークが戻ってきたことでまた大きく情勢が変わったのは確かだった。
 二人の英雄がキムラスカにいることを良しとしない者。または二人の持つさまざまな利権や影響力を欲する者。あるいは、ただその存在自体を疎む者……。
 じつに様々な者たちの思惑が二人の周囲には渦巻いているが、それが具体的な目的や行動をともなわないうちはどうでもいい。
 様々な思惑が複雑に絡み合えば絡み合うほどに、不思議と奇妙な均衡は保たれるからだ。
 問題なのは、その均衡から外れたものだ。
 そういった不穏な雰囲気が周囲に漂いだしたのをいち早く察したアッシュは、今回の視察をそういった思惑の一つの芽をつぶすためのおとりに使うことを、早くから計画していたのだ。
 わざと護衛の数をしぼり、隙を見せる。
 目的が自分の殺害なのか拉致なのかは五分五分だったが、まさかこれだけ人目のある逃げ場のない客船でしかけてくるとは、夢にも思わなかった。
 限られた乗客しか乗せていないこの船では、もし秘密裏に事を運ぼうとしてもどうしても足がつく。それでもここで仕掛けてきたということはそれでもかまわないということなのか、それとももっと別の目的があるのか。
 どちらにしても厄介なのは、同乗している乗客たちの安否だ。
 町中ならいくらでも逃げる場所があるが、限られた船の上ではそうはいかない。おまけに、乗客の中にも相手の仲間が紛れていないとは限らない。
 そうなると数で劣るこちらは、少々不利であった。
 甲板にあがると、予想していたとおり乗客たちが一カ所に集められつつある。
 譜術を使おうにも、下手をすれば他の乗客へ怪我を負わせる恐れがある。しかも厄介なことに、この船の船籍はマルクトだ。
「面倒な……」
 現在ルークの仲間達を中心にしてマルクトとは友好的な関係を保っているが、それでも長年の遺恨が綺麗に消えたわけではない。
 今回の相手はキムラスカの貴族とマルクトの貴族の双方が共謀していることは掴んでいるが、今襲ってきている相手がキムラスカ側の刺客だけだとしたら、乗客を巻きこめば揚げ足を取られる恐れがある。
 どうするべきかと一瞬判断に迷ったアッシュの頭上に、一瞬影がさした。
 上か、と思う間もなく、後ろから切り込んできた相手を受け流す。
 たたらを踏んで踏みとどまったそこに、さらに二方向から切り込まれる。
 片方を柄ではね飛ばし、返す手で剣を走らせようとしたところに、上から振ってきたなにかが目の前に飛びこんでくる。
 しまったと思った瞬間、突然投げ込まれた風の譜術に一瞬視界がふさがれる。
 譜術士か、と舌打ちしながら人影の降り立った場所に剣を走らせようとして。寸前で止める。
 目の前に舞う、白く長い裾。あまりに見慣れたそれに、思わず目眩を覚える。
 そして振るわれる、自分と同じ剣筋。
 ふり返ってこちらを見た瞬間に弾けた、笑顔。
 それに一瞬安堵を覚えたのは、悔しいが認めないわけにはいかないだろう。どうしてこんなところにいる、と怒鳴りつけるのはもっと後だ。そう思っていたのだが……。
「姫、お助けに参りました!」
「こんっっのボケ野郎ッ! 誰が姫だっ!」
 得意げにそう胸を張ったルークに、アッシュは間髪入れずに突っ込みの鉄拳を見舞うのを忘れなかった。
 


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