カノン・8



*今回は途中に女性向けBLに相当する部分があります。苦手な方は申し訳ありません。



 二人の英雄の帰還が世界に公表されると、国内外からファブレ公爵家に祝賀の声が届けられた。
 しかし、帰還した最初の数日こそ王都バチカルの街をあげての祝賀騒ぎに巻きこまれたが、正式なお披露目はまた後日ということになって、意外にも二人の周囲は静かだった。
 それは、彼らの伯父でもあるキムラスカ国王インゴベルト6世の、二年の空白をもって戻ってきた彼らへの心遣いでもあった。
 実際、彼らが揃って帰還したのは理論上から考えても奇跡であり、心身共に十分な休息が必要であることはたしかだった。
 そのため、ルークとアッシュは特になにかをするわけでもなく、日々を過ごしていた。
 初めは懸念された二人の関係も、まだどこかぎこちなさは残るものの表面上はおだやかに過ごしているように見えた。
 アッシュはあいかわらずあまりルークに関心を示すような態度はとらなかったが、以前のようにルークが歩み寄ろうとするのをあからさまにはね除けるようなこともしなかった。
 しかしそれがあくまでも表向きの顔であることは、ルークが一番よく知っていた。
 二人きりの時のアッシュは、以前のようにルークに対してはっきりと嫌っていることをおもてに出してきた。無視されるのはまだマシな方で、酷いときには昼日中から弄ばれるようにして抱かれることもすくなくなかった。
 ルークの部屋はアッシュとの共同部屋に改築されることが決まり、二人は一時的に客間へと部屋を移していたが、当然のようにそこでも同じ部屋をあてがわれた。
 そこでもアッシュは、当然のようにルークを抱いた。
 離れとは違い、いくら防音が施されているとはいえ、多くの使用人や騎士達とおなじ母家の中でおこなわれる行為に、もちろんはじめはルークも抵抗した。
 しかしそれも、そもそもの目的をアッシュから指摘されれば承知するより他はなかった。




「あ……」
 いつものように勢いよく部屋の扉を開いたルークは、部屋の中にアッシュの姿を見つけておもわず戸口で立ちつくした。
「ぼさっとんなところにつっ立ってんじゃねえ、さっさとドアを閉めろ」
 低く怒りをこめたアッシュの声にびくんとルークは大きく反応すると、慌てて扉を閉めた。
「アッシュ、いたんだ……」
「いちゃ悪いか。ここは、俺の部屋だ」
「俺と、おまえの部屋だろう」
 むっとしながらルークはそう訂正したが、アッシュは鼻先で笑っただけだった。
 アッシュは窓際におかれた一人がけのソファに座って、本を読んでいたらしい。横に置かれたサイドテーブルの上にはいくつもの分厚い書物が積み重ねられ、その手にも同じくらいの厚さの本があった。
「なにしに来た?用がなければ出て行け。邪魔だ」
 そう切り捨てるように言うと、アッシュは手元の本へと視線を戻した。
「……そういう言い方、するなよな」
「てめえとなれ合う気はねえ」
 アッシュは視線をあげずに、そう冷たく返した。
「なれ合わなくても、もうすこし平和的な関係をつくることはできないのか?」
「それをなれ合いって言うんだろう。俺はおまえのことが嫌いだ。おまえの仲間達みたいな関係を、おまえと結ぶつもりもねえ。必要だから最低限のことはしてやるが、それ以上のことを俺に望むな」
「でも……!」
 それでもくいさがってくるルークに、アッシュは苛立たしげに舌打ちした。
「てめえは自分がどれだけ馬鹿なことを言っているのか、自覚がねえのか?」
「え……?」
「ハッ、なんの努力もせずに人の好意を適当に受け取ってきたお坊ちゃんらし言い草だな……。それとも、単に学習能力がねえだけか?」
 同じ色の、だけどもっとずっと硬質な輝きを持つ碧の瞳がルークを見つめる。
「俺はおまえが嫌いだ。あのエルドラントでの戦いでおまえのことを認めてやると言ったが、それだけだ……。俺がおまえを憎む理由は、おまえも知っているはずだ。それに、たったひとつのことですべてのことが帳消しになるはずがないだろう?」
 ルークの瞳が、大きく見開かれる。
「そんなこともわからねえおまえが、どの面下げて俺に優しくして欲しいなんて言えるんだ?ただ好きだというだけで良いと思っているなら、そうとうおめでたい頭をしているな」
 アッシュは小さく鼻で笑うと、蔑むような目でルークを見た。
 ルークは立ちつくしたまま、ぎゅっときつく拳を握りしめた。
 そうしていないと、このままわけのわからないことを叫んで泣き出してしまいそうだった。
「だがそうだな、優しくして欲しいだけなら考えてやらないこともない……」
 おもわずその言葉に顔をあげたルークは、自分にむけられたアッシュの笑みにおもわず後ずさりそうになった。
「……こっちへこい。お望みどおり、「優しく」してやる」
 アッシュが本を閉じる音が、いやに大きく耳に響く。
 力なく頭を振ったルークを差し招くように、アッシュの手が差しだされる。
「来い」
 低く厳しい声が、まっすぐとルークを打つ。
 その声に逆らうことができない。
 ルークは震えそうになる足をなんとか押さえながら、一歩一歩アシュの方へ近づいていった。
 アッシュの目の前に立つと、そのまま腕を捕まれて引き寄せられる。
 されるがままに前のめりにアッシュの膝の上に乗り上げると、そのまま下から噛みつくようなキスをされた。
 強引に押し入ってくる舌を受け入れながら、ルークは静かに目を閉じることしかできなかった。




「ひっ……ああっ!」
 おもわずあがってしまった高い声に、ルークは泣きそうに顔を歪めると、きゅっときつく唇を噛みしめた。
「どうした?イイんだったら思う存分声をあげろよ」
 くつくつと胸もとであがった笑い声に、その振動だけですでに感じてしまいそうになっていたルークは抵抗するようにゆるく頭を振った。
 その反応が気に入らなかったのか、片方の胸の上で赤く色づいていた突起に小さく歯が立てられる。
 その痛みと、追いかけてきた誤魔化しようのない愉悦に声をあげると、今度はからかうようにその先端を舌先で突かれた。
 ソファに座ったアッシュの膝の上で、下肢の物だけを完全にはぎ取られた状態で大きく足をひらかされて、背もたれごとアッシュにしがみついていた。
 ひろげられた両膝は肘掛けにひっかけるようにして開かれているために、容易に閉じることができない。上着の裾から忍び込んだ指が、背骨を数えるようにゆっくりと背筋を撫でている。そしてもう片方の手は、二人の体のあいだにあるルークのものをゆるゆると扱きあげていた。
 すでに先走りの露に濡れているそれは、アッシュの指が上下するたびに淫猥な水音をあげる。
「やっ…、んんっ……ひ、あっ」
 先端を柔らかくこすられ、緩慢な刺激の中に一瞬だけ強い快楽がはしる。しかしそれは一瞬のことで、また焦らすような優しく緩やかな刺激だけが与えられる。
「うっ…あっ…ん」」
 じりじりと身を焼いてゆくような熱が体内に渦巻く。たくみに絶頂をそらされる愛撫に、上り詰めては落とされるばかりで達することができない。
 あと少し、ほんの少しだけ足りない。
 もっと強く乱暴に、そして酷くして欲しい。
 握る指をもっと強く荒く、いつものように半端に蜜をこぼす先端に爪を立てられてもいい。
 まるで羽で撫でられているような曖昧すぎる刺激だけでは、この熱を解放できない。
「……アッシュ…」
「なんだ?」
 ひどく優しい声がして、背中を撫でていた手が柔らかく腰のあたりを撫であげる。
 そしてついでのように胸の突起を舐められ、その小さな刺激にルークぴくりと小さく腰を揺らした。
「も……これ、やぁっ……」
 涙で潤んだ瞳で下から見あげてくる顔を見つめながら小さく首を横に振ると、アッシュの口元に優しげな笑みが浮かぶ。
「どうした?優しくしてやっているだろう…?おまえが優しくして欲しいって言ったんだからな」
 腰のあたりを柔らかく撫でていた手が白い双丘をひらき、その奥で静かに息づきはじめている蕾を撫でる。そんなわずかな刺激にもかかわらず、そこが小さく震えるように収縮したのがルークにもわかった。
「…や…もっ、ゆるしっ……て」
 ふるふると必死に頭を振りながら、背もたれを掴む手に力をこめる。そうすると自然とアッシュの頭に胸を押しつける形になってしまい、痛いほどに立ち上がった胸の突起を軽く噛まれる。
「あっ…やぁっ!」
 逃げようとした体を強く抱き寄せられ、中心を弄る指が一瞬だけ強い刺激を与えてくる。詰まったような悲鳴を上げるルークに、アッシュは低く笑った。
「俺はおまえが言ったとおりにしてやっているだけだ。それとも、なにか文句があるのか?」
「…んっ……ちがっ」
「なにを言っているのかわからないな。ちゃんと言え」
 許しを請うように見つめても、アッシュは薄く笑みを浮かべたままルークの答えを待っている。
 中心を弄っていた指はとまり、まだ閉じている後ろを撫でる指だけが答えを促すようにそこを撫でている。その指を必死にのみこもうとでもしているようにそこが開こうとしているのを感じながら、ルークは羞恥に目眩がしそうなほどの熱を感じていた。
 このままルークが強情に黙りこめば、またあの焦らし続けるだけの愛撫が再開されるのだろう。達することも許されず、ただひたすら弄ぶようにいじられて気が狂いそうになるくらい絶頂を長引かされる。
 素直に服従の言葉を口にしてしまえばいいのだと、わかっている。しかしどうしても羞恥がその言葉をのみこませる。だが、そのままでは許されないことも、すでに思い知らされていた。
「それとも、口もきけなくなったか?」
 つぷり、と爪先だけ入口にもぐり込まされる。それが、ルークの限界の糸を焼き切った。
「……っねがい…します。……かせて…」
 背もたれを掴んでいた手で、すがるようにアッシュの頭を抱き寄せる。そのまま泣き声のようなため息をもらしたルークの耳に、しかし容赦のないアッシュの声がひびいた。
「どうやって?」
 さらなる羞恥に落とされながらも、一度切れてしまった理性の糸は結べない。
「……いじって。……もっと強く」
 涙が、熱くなった頬にこぼれ落ちる。
 酷く扱われるたびに、心が軋む。
 だけど、求められる行為を拒むことはできない。
 これは自分がアッシュのためにできるただひとつのこと。自分でなければできないこと。そう思っただけで、心のどこかがその昏い喜びに震えるのがわかる。
 求められているのだという喜びと、それでも受け入れてもらえないのだという痛みが常にルークの中でせめぎ合うこの行為。
 酷く扱われるのは悲しくて苦しい。だけれど……。
 先ほどとは比べものにならないほど、激しく強く熱をいじられる。
 焦らされていた熱が、しだいに体の奥でふくれあがってゆく。
 その熱の解放にすべてをゆだねるように頭を空っぽにすると、ルークは導かれるままに高い声をあげて果てた。




 頬に触れる柔らかな感触にふと目を開くと、白いシーツが目に飛びこんできた。
 ぼんやりとした頭で体に残る倦怠感を感じて、記憶を巻き戻す。
 さんざん焦らされてイカされた後、そのままソファの上で最後まで貪られたのだった。
 最後に達する瞬間に軽く喉に噛みつかれたことを思いだしながら、ルークはちいさくため息をもらした。
 体に不快感が残っていないところみると、どうやら後始末はすべてすませてくれたらしい。
 最中は手荒に扱われることの方が多いのに、意識がもうろうとしている状態での後始末はいつも思いがけないほど丁寧におこなわれている。
 ぼんやりと薄目を開いてうつらうつらとしていると、扉の閉まる小さな音がした。
 反射的に目を閉じて眠ったふりをしていると、誰かの気配がすぐ近くまでやってきた。
 その気配と匂いだけで、それがアッシュだとわかる。
 じっと見下ろされている視線を感じながら、ルークは小さく息をひそめて眠ったふりを続けていた。
 やがて、ふわりとなにかやわらかなものが腕に触れた。そして、さらりと優しく髪を撫でられる感触。
 愛しい物を扱うようなその優しい手つきに、ルークはとっさになにが起こっているのか理解できなかった。
 すこし冷たい指が、髪に額に優しく触れてくる。
 そのたびにむき出しの腕の上を優しく撫でてゆくのは、アッシュの長い髪だろうか。
 音が聞こえそうなほど高鳴ってゆく胸の音を必死になだめようとしながら、ルークは髪に指ではないもっとやわらかで温かい物が触れたのを感じた。
 ぞくり、と甘い震えが背筋を伝って体の奥深くへと響く。
 キスされたのだと気づいたときには、すでにアッシュの気配はルークから離れていた。
 そして、もう一度そっと優しく手が髪を撫でると、名残惜しげに離れていった。
 


 ドアの閉まる音が耳に届くまで、ルークは動くことができなかった。
 どうして、という疑問だけが頭の中を駆けまわる。
 ルークがアッシュを完全に拒めない理由は、ここにもあった。
 どうしてなのか、アッシュはルークが意識を失っているときだけは優しくしてくれる。思い出せば、こちらにもどってきた初めての夜の時も、そうだった。
 起きているときはあれほど酷い言葉を投げつけてきたりするのに、ルークの意識がない時にはまるで壊れ物に触るような手つきで優しく愛しんでくれる。
 だから混乱してしまうのだ。
 どちらがアッシュの本心なのかが、わからなくて。
 意識のあるときはあんなに手酷く扱うくせに、知らない場所では愛しくてたまらないとでもいうように優しくしてくる。
 どうしてそんなことをするのだろう。
 単なる気まぐれなのだとしたら、これほど残酷なことはないというのに。
 それでも、たったひとつだけわかっていることがある。
 たったそれだけのことなのに、自分は例えようもない喜びを感じてしまうのだ。
 拒めないのではない。最初からそんなことができるはずがなかったのだから。
 それほどに深く、自分はあの半身にとらわれている。
 それだけは、間違いのない真実だった。




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