魔法使いの弟子・3




アカデミーの建物から出ると、入口の階段の柱にもたれていた金髪の青年がこちらを振り仰ぐようにしてふり返った。
細身の長身で、顔立ちもなかなかのものだ。だがそれ以上にジェイドは、彼のあざやかな身のこなしに感心していた。
腰に下げられた剣から彼が剣士であることを見て取ると、ジェイドはかすかに目を細めた。筋骨隆々というタイプではないが、その分鞭のようなしなやかさがうかがわれる。
アカデミーの誰かが雇った護衛だろうか。はじめて見る顔だ。それに、腕はなかなかたつようだが、護衛を生業にしている冒険者とも少し毛色が違うように見える。
ジェイドはさりげなく警戒しながらその場に佇んでいたが、そんな彼の疑問の答えは後から扉をくぐってきた少年が持っていた。

「ガイ!」

ルークは金髪の青年の顔を見つけると、途端にパッと顔を輝かせて階段を転がるようにして駆け下りていった。

「ようルーク。入学式はどうだった?」
「校長の話が長くてさ、すっげーたりかった」
「そうかそうか。でもまあ、ちゃんと我慢して最後までいたんだから褒めてやるよ。ルーク坊ちゃん」
「てめっ! ガキ扱いすんじゃねーよ!」

呆気にとられたジェイドの前で二人はじゃれ合うようにして笑いあうと、ガイはルークの赤い髪を可愛くて仕方がないというように目を細めながら撫でた。

「失礼ですが、あなたは……?」

どうやら不審人物ではないようだが、いきなり二人だけで会話をはじめられてもこちらも困る。ルークはそのあたりの機微に疎いようだが、ガイと呼ばれた青年は察しがよい方らしく、あらためてジェイドの方に向きなおると優雅な仕草で一礼した。

「俺はファブレ家の使用人で、ルーク様の護衛剣士のガイ・セシルと申します。あなたがカーティス先生でいらっしゃいますか?」

護衛剣士という肩書きに、なるほどとジェイドは心の中で頷いた。それなら身のこなしが冒険者たちと違うのも納得がゆく。
しかし、たかが入学式に来るためだけに護衛剣士をつけさせるとは、ずいぶんと過保護なことだ。
キムラスカからの道中ならまだしも、アカデミーはマルクト皇帝のお膝元グランコクマの中心部にあるのだ。王族のファブレ一族のお坊ちゃんとはいえ、用心深すぎるのではないだろうか。
ジェイドはあらためて自分の生徒となるルークの髪の色をさりげなく横目で見てから、にこりと笑みを浮かべた。

「ええ、私がカーティスです。これから三年間ルークの担任教師になります。どうぞよろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。ところで、どちらに行かれるところだったんですか?」
「ガイ、俺、アトリエもらうことになったんだ!」
「えっ?」
「……正確には、アカデミーのアトリエを貸し出すことになったんですよ。アカデミー在学期間中の住居として」
「あれ? でもたしか、アカデミーは全寮制だった気がするんですが……」

どうやら従者の方が、そのあたりをきちんと飲みこんでいるようだ。怪訝な顔をしているガイにジェイドが手短に理由を説明すると、彼はようやく納得した顔になった。

「では、行きましょうか」

ジェイドがルークを促すと、ガイがその後を当然のようについて来る。ジェイドは一瞬それを許すかどうか迷ったが、特に問題はないと判断して目を瞑ることに決めた。



ルークに貸し出されるアトリエは、街の大通りから少し横道に入ったところにあった。
ジェイドが借りてきた鍵でドアを開くと、微かに埃っぽい匂いが中から流れ出してくる。だがそれもアトリエの中に入って窓を開けて換気すると、程なく消えた。
どうやら定期的に掃除はしてあったのだろう。何年も使われていないと聞いていたが、思ったよりは綺麗だしきちんと整頓されている。
ルークは物珍しそうにきょろきょろ部屋の中を見まわして歩いていたが、ふと片隅にしつらえられている調合用の道具に気がつくと、目を輝かせた。

「すげえっ! ちゃんと道具がそろってんだな」
「……まあ、初歩的な物だけですけれどね」

アカデミーの寮に入れればもっときちんとした調合道具が与えられるのだが、補欠入学のルークに与えられる物はここまでだ。それだけを見ても、この補欠入学の条件がいかに厳しい物かわかるだろう。
錬金術は、基本的に金のかかる学問だ。
必要な道具も書物も高価な物が多く、素材も高度な調合になるほど高価な物が必要になってくる。素材に関しては自分で探してくるという方法があるが、書物と道具に関してはそうはいかない。はたしてそのあたりのことを、この子供はわかっているのだろうか。

「このアトリエの使い方や、調合についての基本的な注意事項などは入口のボードに貼ってありますから、あとで読んでください。それと、明後日から授業をはじめますから遅れないように」
「はいっ! わかりました」

元気な声で答えるルークによろしいとジェイドは頷いてから、ふと視界の隅に映った光景に眉をひそめた。

「あっ、ガイ! 荷物こっちな」

ルークはぶんぶんと大きく手を振ると、大きな荷物を抱えて入ってきたガイに声をかけた。

「なんか部屋ひとつしかねえみたいなんだけど、おまえどこで寝る?」
「ん〜そうだな。ここで寝るわけにもいかないしな」
「とりあえずこっちの部屋にもう一つベッド入れるしかねえかな」
「おまえがいいなら、俺は別に良いけどな」
「じゃ、決まりだな! お前と同じ部屋で寝るのなんて、ガキのころ以来だな」

ルークは嬉しそうに笑うと、そのままジェイドの隣をすり抜けてガイの方へ行こうとした。それをジェイドは片手で制すると、はあと深いため息をつきながら額を押さえた。

「……ルーク、私が言ったことをあなたはきちんと理解していましたか?」
「へ?」

ルークは瞳を丸くすると、きょとんとした顔でジェイドを見あげた。

「私はあなたに一人暮らしをするように、と言ったつもりだったんですか?」
「えと、わかっていますけれど」
「そうですか? 私にはなぜか、そこの彼も一緒にここで生活をするように聞こえましたが?」

ジェイドは次の荷物を運び込んできたガイをびしりと指さすと、にこりと笑みを浮かべた。

「ガイは俺の使用人だから、もちろんここに住みますが」
「ダメです」

ジェイドはさらに笑みを深めたが、その目が笑っていないことにはさすがにルークも気がついた。

「あなたは一人暮らしをするんですよ。使用人といえども一緒に暮らすことは認められません」
「あ、一人暮らしってそういうことなんだ! っつーわけだから、ガイ、おまえここに住めないんだってよ」

ようやく納得いったという顔になったルークはくるりとガイの方をふり返ると、そう言った。

「えっ? ちょっ、そ、それは俺が困る!」

ガイは荷物を置くと、慌てて二人の方へ駆け寄ってきた。

「俺はルークの護衛として派遣されているんだ、それに、ルーク坊ちゃんに一人暮らしさせたなんてお屋敷に知られたら……」
「そうは言われても、規則ですので。例外は認められません」
「そんなあぁっ!」

ジェイドはきっぱりとそう言いきると、内心呆れながら使用人を宥めている自分の生徒になる少年を見下ろした。
本人の世間知らずもだが、周囲のこの甘やかしぶりも呆れたものだ。いったいどこの箱入りだと嫌味のひとつも言ってやりたくなるが、理性で押さえこむ。それに、この過保護っぷりがやはり気にかかる。
わざわざ護衛をつけてのアカデミー入学なんて、マルクトの相当な地位にある貴族たちでもしない。いや、たまに入学するキムラスカの貴族の子弟にだって、そんな者はいない。

(それに、この髪の色……)

ジェイドはルークの髪の色に視線をむけると、すっと目を細めた。
キムラスカの王族の証でもある、赤い髪。赤い髪自体は一般にもいないわけではないが、これほど見事な色は王族にしか現れない。
そして、その色が鮮やかであればあるほど、その人物は直系に近いと言える。
ぎゃあぎゃあと言い争っている主従を横目に、ジェイドは厄介ごとの予感を感じとりながら、まずはその元凶をしめあげることを心に決めていた。




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