Little flower waltz・5
「こんな奴と話すようなことは何もねえよ」
しかしアッシュは手強かった。イオンに攻撃を弾かれた衝撃からすぐに立ちなおると、思い切りルークから顔を背けた。
「こんな奴ってなんだよ!」
出会い頭に敵意を向けられて、もともと冷静ではいられなかったところにこれだ。ルークもアッシュの方を睨みつけると、尻尾を膨らませた。
ここまで同じ顔をしているのだからまったく無関係だとは思えないけれど、絶対に相性は最悪に違いない。そう思って威嚇するようにアッシュを睨みつけていたルークは、そっと遠慮がちに自分の腕に触れてきた手にぴくりと小さく耳を動かした。
「落ち着いてください、ルーク。あなたもですよ、アッシュ」
ルークにはにこやかな、そしてアッシュにはルークに気付かれないように威圧的な笑みをイオンは浮かべた。その笑みに、イオンの本性を知っているアッシュは押し黙る。
「……なあ、こいつ俺とやっぱり何か関係あるのか?」
「確実にどこかで血は繋がっていると思いますよ」
「……だよな」
ルークが肩を落とすと、尻尾も一緒にへにょっとさがった。
さすがにここまで似ていて、他人はないだろう。
猫耳族は物心つかない頃から兄弟や親と引き離されることが多いから、なんとなくという記憶の中でしか兄弟を覚えていないことが多い。だけど、会えば知っているような懐かしい匂いはする。
それはきっと相手も同じ事を思っているに違いない。なにしろこればかりは、本能のようなものだから。
だけど、それならなおさら何故ここまで敵意をむき出しにされるのか、わからない。
そんな困惑がアッシュに伝わったのか、ルークを見る目つきがさらにきつくなる。本当になんなんだと首を傾げながらも、ルークもあまり沸点が高い方ではない。まして、全く理由も分からずに一方的に敵意を向けられれば、穏やかでいられないのは当たり前だろう。
「はい、二人とも少し落ち着いてください」
パン、と手を叩く軽い音がして、おっとりとした口調でイオンが割り込んできた。
「ルーク。……その、先程あなたが言った名前ですが、あなたはファブレ公爵家にいるんですか?」
「え? ああ、そうだけど?」
「イオン、余計なことを言うな」
「そうですね。これはあなたから説明した方がいいでしょうね」
アッシュのきつい声に、だがイオンは全く動じない顔でおっとりと答える。そんなイオンに、アッシュは言葉に詰まったような顔になった。
「なんなんだよ」
二人に置いて行かれる形になってしまったルークは、不満げに口をへの字にした。どうやら自分にも関わりのあることが話されているらしいのだけれど、さっぱりわけがわからない。
「というわけで、ルークを家まで送ってあげてくださいね」
「なんで俺が! シンクの奴にまかせればいいだろう」
ぎろりと改めて睨みつけられて、ルークも口をへの字に曲げたまま睨み返した。
冗談じゃない。なんだってこんな、出会い頭に自分を罵倒してくれた相手に送ってもらわなければならないのか。
「自分で話すと決めたのでしょう? それに、上層階のことはあなたの方が詳しいはずですよ」
「俺は…」
「あなたが時々こっそり上層階に行っていることを、僕が知らないとでも思っていますか?」
静かな口調ながらも反論を許さないイオンの言葉が、アッシュの言葉を制する。アッシュは鋭い視線をイオンに向けると、盛大に舌打ちをした。そしてそのままの不機嫌な顔をルークに向けると、心底嫌そうな顔をしながら口を開いた。
「だったら、ここではっきりさせといてやるよ。俺は半年前まで、ある貴族の屋敷にいた。そこの屋敷の奥方は病弱で子供は望めず、俺はそこで実の子供のように可愛がってもらっていた」
貴族に飼われていたのだと知って、妙に納得がゆく。
そっくりな自分が言うのも何だが、アッシュには敬われる側にいる者特有の独特な品がある。それはイオンにも言えることだが、上手くは言えないが街中で見かけた他の耳族たちとはやはりどこか違った。
「……だが半年前、ちょっとした事故で俺は屋敷に戻れなくなった。そして一ヶ月かけて屋敷に帰り着いた俺が見たものは、俺がいたその場所に何食わぬ顔をして居座っていた同族の奴だった」
ルークはなぜか不意に胸が騒ぎ出すのを感じて、そっと自分の胸を押さえた。
なんだろう、この嫌な感覚は。ざわざわと胸の中の届かない場所が騒ぎ立てているような、もどかしくて顔を背けたいような不思議な感覚。
「しかもそいつは俺にそっくりな顔をしていて、そこにいるのが当たり前だと言うように笑ってやがった」
え、と思わず大きく目を瞠ったルークに、アッシュは唇を歪めた。
「俺の名前はアッシュ。アッシュ・フォン・ファブレだ。てめえはいなくなった俺の代わりに、ファブレ家にもらわれてきたんだよ。そして、俺の帰るべき場所を奪った」
「し、知らねえよ! そんなこと!」
「うるせえっ! てめえが知らなかっただけで、それが事実だ。嘘だと思うんなら、お屋敷に戻ったらガイにでも聞いてみるんだな」
「なんでお前がガイの事知っているんだよ!」
「当然だろう? ガイは俺の世話係だったんだからな」
狼狽えたルークに、アッシュはたっぷりと皮肉を込めた笑みを浮かべた。
「わかったか? だから俺は、てめえの世話をしてやるつもりなんてこれっぽちもねえ。二度とそのツラを見せるな」
アッシュは不機嫌そうに長い尻尾を一振りすると、最後にもう一度冷たい目でルークのことを睨みつけてから、踵を返した。
今度はイオンも引き留める声はかけず、その背を見送る。
呆然としたまま同じようにその背を見つめていたルークは、視界からそれが消えてしまうと同時に問いかけるような目をイオンへと向けた。
信じたくないと反発する気持ちと、どうしたらいいのかわからない不安な気持ちとがごちゃまぜになっていて、どんな顔をしたらいいのかもわからない。ただやたらと自分の鼓動の音が大きく聞こえて、喉が詰まったような変な感覚もする。
「アッシュがファブレ家にいたのは、本当のことです。彼がいなくなった後に、あなたがファブレ家に引き取られたことも……。それ以上のことは僕は知りませんし、どんな経緯があったのかもわかりません。……僕に言えるのは、それだけです」
イオンは言いづらそうに顔をしかめながらもそう言うと、まだ衝撃から立ち直れないでいるルークにそっと笑いかけた。
「今日はもう帰った方が良いと思います。シンク、お願いしますね」
「ちょっと! なんで僕が……!」
「ルークを助けてきたのは君でしょう? ですから最後までお願いしますね」
口調こそ丁寧だが有無を言わせないように見つめてくるイオンに、シンクは不満げな顔をしたがすぐに諦めたように小さく肩をすくめた。
そしてイオンはルークへと視線を戻すと、呟いた。
「また、いらしてください。それと、どうかアッシュのことを嫌わないで」
だがその言葉に、ルークは頷くことはできなかった。
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しかしアッシュは手強かった。イオンに攻撃を弾かれた衝撃からすぐに立ちなおると、思い切りルークから顔を背けた。
「こんな奴ってなんだよ!」
出会い頭に敵意を向けられて、もともと冷静ではいられなかったところにこれだ。ルークもアッシュの方を睨みつけると、尻尾を膨らませた。
ここまで同じ顔をしているのだからまったく無関係だとは思えないけれど、絶対に相性は最悪に違いない。そう思って威嚇するようにアッシュを睨みつけていたルークは、そっと遠慮がちに自分の腕に触れてきた手にぴくりと小さく耳を動かした。
「落ち着いてください、ルーク。あなたもですよ、アッシュ」
ルークにはにこやかな、そしてアッシュにはルークに気付かれないように威圧的な笑みをイオンは浮かべた。その笑みに、イオンの本性を知っているアッシュは押し黙る。
「……なあ、こいつ俺とやっぱり何か関係あるのか?」
「確実にどこかで血は繋がっていると思いますよ」
「……だよな」
ルークが肩を落とすと、尻尾も一緒にへにょっとさがった。
さすがにここまで似ていて、他人はないだろう。
猫耳族は物心つかない頃から兄弟や親と引き離されることが多いから、なんとなくという記憶の中でしか兄弟を覚えていないことが多い。だけど、会えば知っているような懐かしい匂いはする。
それはきっと相手も同じ事を思っているに違いない。なにしろこればかりは、本能のようなものだから。
だけど、それならなおさら何故ここまで敵意をむき出しにされるのか、わからない。
そんな困惑がアッシュに伝わったのか、ルークを見る目つきがさらにきつくなる。本当になんなんだと首を傾げながらも、ルークもあまり沸点が高い方ではない。まして、全く理由も分からずに一方的に敵意を向けられれば、穏やかでいられないのは当たり前だろう。
「はい、二人とも少し落ち着いてください」
パン、と手を叩く軽い音がして、おっとりとした口調でイオンが割り込んできた。
「ルーク。……その、先程あなたが言った名前ですが、あなたはファブレ公爵家にいるんですか?」
「え? ああ、そうだけど?」
「イオン、余計なことを言うな」
「そうですね。これはあなたから説明した方がいいでしょうね」
アッシュのきつい声に、だがイオンは全く動じない顔でおっとりと答える。そんなイオンに、アッシュは言葉に詰まったような顔になった。
「なんなんだよ」
二人に置いて行かれる形になってしまったルークは、不満げに口をへの字にした。どうやら自分にも関わりのあることが話されているらしいのだけれど、さっぱりわけがわからない。
「というわけで、ルークを家まで送ってあげてくださいね」
「なんで俺が! シンクの奴にまかせればいいだろう」
ぎろりと改めて睨みつけられて、ルークも口をへの字に曲げたまま睨み返した。
冗談じゃない。なんだってこんな、出会い頭に自分を罵倒してくれた相手に送ってもらわなければならないのか。
「自分で話すと決めたのでしょう? それに、上層階のことはあなたの方が詳しいはずですよ」
「俺は…」
「あなたが時々こっそり上層階に行っていることを、僕が知らないとでも思っていますか?」
静かな口調ながらも反論を許さないイオンの言葉が、アッシュの言葉を制する。アッシュは鋭い視線をイオンに向けると、盛大に舌打ちをした。そしてそのままの不機嫌な顔をルークに向けると、心底嫌そうな顔をしながら口を開いた。
「だったら、ここではっきりさせといてやるよ。俺は半年前まで、ある貴族の屋敷にいた。そこの屋敷の奥方は病弱で子供は望めず、俺はそこで実の子供のように可愛がってもらっていた」
貴族に飼われていたのだと知って、妙に納得がゆく。
そっくりな自分が言うのも何だが、アッシュには敬われる側にいる者特有の独特な品がある。それはイオンにも言えることだが、上手くは言えないが街中で見かけた他の耳族たちとはやはりどこか違った。
「……だが半年前、ちょっとした事故で俺は屋敷に戻れなくなった。そして一ヶ月かけて屋敷に帰り着いた俺が見たものは、俺がいたその場所に何食わぬ顔をして居座っていた同族の奴だった」
ルークはなぜか不意に胸が騒ぎ出すのを感じて、そっと自分の胸を押さえた。
なんだろう、この嫌な感覚は。ざわざわと胸の中の届かない場所が騒ぎ立てているような、もどかしくて顔を背けたいような不思議な感覚。
「しかもそいつは俺にそっくりな顔をしていて、そこにいるのが当たり前だと言うように笑ってやがった」
え、と思わず大きく目を瞠ったルークに、アッシュは唇を歪めた。
「俺の名前はアッシュ。アッシュ・フォン・ファブレだ。てめえはいなくなった俺の代わりに、ファブレ家にもらわれてきたんだよ。そして、俺の帰るべき場所を奪った」
「し、知らねえよ! そんなこと!」
「うるせえっ! てめえが知らなかっただけで、それが事実だ。嘘だと思うんなら、お屋敷に戻ったらガイにでも聞いてみるんだな」
「なんでお前がガイの事知っているんだよ!」
「当然だろう? ガイは俺の世話係だったんだからな」
狼狽えたルークに、アッシュはたっぷりと皮肉を込めた笑みを浮かべた。
「わかったか? だから俺は、てめえの世話をしてやるつもりなんてこれっぽちもねえ。二度とそのツラを見せるな」
アッシュは不機嫌そうに長い尻尾を一振りすると、最後にもう一度冷たい目でルークのことを睨みつけてから、踵を返した。
今度はイオンも引き留める声はかけず、その背を見送る。
呆然としたまま同じようにその背を見つめていたルークは、視界からそれが消えてしまうと同時に問いかけるような目をイオンへと向けた。
信じたくないと反発する気持ちと、どうしたらいいのかわからない不安な気持ちとがごちゃまぜになっていて、どんな顔をしたらいいのかもわからない。ただやたらと自分の鼓動の音が大きく聞こえて、喉が詰まったような変な感覚もする。
「アッシュがファブレ家にいたのは、本当のことです。彼がいなくなった後に、あなたがファブレ家に引き取られたことも……。それ以上のことは僕は知りませんし、どんな経緯があったのかもわかりません。……僕に言えるのは、それだけです」
イオンは言いづらそうに顔をしかめながらもそう言うと、まだ衝撃から立ち直れないでいるルークにそっと笑いかけた。
「今日はもう帰った方が良いと思います。シンク、お願いしますね」
「ちょっと! なんで僕が……!」
「ルークを助けてきたのは君でしょう? ですから最後までお願いしますね」
口調こそ丁寧だが有無を言わせないように見つめてくるイオンに、シンクは不満げな顔をしたがすぐに諦めたように小さく肩をすくめた。
そしてイオンはルークへと視線を戻すと、呟いた。
「また、いらしてください。それと、どうかアッシュのことを嫌わないで」
だがその言葉に、ルークは頷くことはできなかった。
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