Little flower waltz・8




なぜ自分は走っているのだろう。
上層階へと駆け上がりながら、アッシュは自分の心に問いかけいてた。
自分の居場所にのうのうと居座っていた同族の少年。自分は彼を疎んでいたはずなのに、どうしてこんなに胸が騒ぐのだろう。
シンクはただ可能性を示唆しただけで、本当にあの箱入り猫が屋敷を抜け出したのかどうかなんてわからない。もしかしたら他の理由で騎士団が動き回っている可能性だってあるのに、そう聞いただけで居ても立っても居られなくなった。
だが、アッシュにはなんとなく予感めいたものがあった。昨日最後に見たルークの傷ついた目に、その答えがあるような気がしてならないのだ。
シンクならきっと気のしすぎだと笑い飛ばすかもしれないが、イオンがなにげなく指摘したように、おそらくルークと自分にはなにかしらの血の繋がりがある。他人の空似というには自分たちは似すぎているし、それに昨日初めて間近で会ってみてわかったが、ルークからは懐かしい匂いがした。
だからこれは、血の繋がりのなせる予感のようなものなのかもしれない。

「くそっ!」

アッシュは小さく毒づくとさらに足を速めた。
イオンに指摘されなくても、本当はわかっていた。
ずっと一方的に嫌っていたはずなのに、いざ傷つけてしまったのだとわかってからアッシュは自分に対して苛立ちを感じていた。
そんなつもりはなかったのに。
なぜかそんな言葉ばかりが頭の中をぐるぐると回って、自分でも自分の気持ちがわからなくなっていた。
だけど本当はわかっていた。自分が後悔しているのだと。
そして、傷つけてしまったルークのことが気になってしかたがないのだと。

「アッシュ!?」

突然背後からかけられた驚きを含んだ声にハッとしてふり返ると、そこには懐かしい顔があった。

「ガイ……」
「おまえ、今までどうしてたんだ…っ!」

ルークが言っていたのは本当だったんだな、と呆然とした顔のまま呟いたガイは、突然なにかに弾かれたように表情を変えるとアッシュの方へ走り寄ってきた。

「ワケは後で聞かせてもらう。それよりもアッシュ、おまえルークのことを知っているな。そっちにルークは行ってないか?」
「いや……。ということは、やっぱり居なくなったのか。あのバカ猫」
「やっぱりって、何か知っているのか?」

ふと表情を変えたガイに、アッシュは内心苦い思いが広がるのを感じずにはいられなかった。
ガイの表情は、雄弁に自分よりもルークの方を心配していると語っている。いや、だがよく考えてみれば当然かもしれない。いま現在行方がしれないのはルークの方で、しかもこの自分の世話係でもあった青年であれば、どちらのほうがより危なっかしいのか誰よりも良くわかっているはずだ。

「……他の奴から、騎士団が動き回っていると聞いたのでもしかしたらと思っただけだ」
「そうか……。なあ、それならおまえも手伝ってくれないか?」
「なんで俺が」
「気になるんだろ」

にやっと見透かすような笑みをうかべたもと世話係に、アッシュは口を噤む。ガイが相手では分が悪い。たった一年とはいえ、ファブレ家での自分の世話はこの青年が一手に引き受けていたのだ。自分の考えを汲むことなど、ガイには容易いはずだ。

「俺は南の方へ行くから、アッシュは東の方を頼む。それと、逃げるなよ……」

突然変わった声色にあらためてガイの方に向き直ると、はぐらかすのは許さないといわんばかりの真剣な目にぶつかる。

「奥様はいまでもお前のことを探しているんだ。だから、絶対に逃げるなよ。わかったな」

それだけ言うと、ガイは身を翻して南の方角へと駆け出していった。
アッシュは呆然としたままその背中を見送りながら、先程ガイが口にした言葉の意味を考えていた。母親がいまでも自分を探している。それは、何度も夢見そうになりながらアッシュが否定し続けてきた可能性だ。もし違っていたら怖いからと言う理由で。
そのまま思考の中へ沈み込みそうになったアッシュは、すぐに我に返ると慌てて頭を横に振った。
とにかくいまは、ルークのことが先だ。前はたまたまシンクが見つけたからよかったものの、王都でもあるこの街は華やかな表の顔とは別に恐ろしい闇の顔も持ち合わせている。
アッシュは気を引き締め直すと、自分の中にあるかもしれないルークとの微細な繋がりを頼りにするように走り出した。



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