繋ぐ指の理由




さて、どうしたものか。
ユーリは宿屋に間借りしている狭い自室の入口で立ちつくしたまま、しばらく逡巡した。
足元ではラピードが不思議そうに見あげている。
なにか問題でもあるのか、と言いたげな目だ。

「……そういやお前は知らないんだったな」

その言葉にピクリとラピードの耳が動き、続いて不満そうに長い尻尾がユーリの足を叩いた。なにを隠していたんだ、とばかりに。

「あ〜、まあ、大したことじゃねえんだけどな……。いや、十分大したことか」

がっくりと肩を落としたユーリをますます怪訝そうな目で見あげると、ラピードは小さく鼻を鳴らして、いつもの自分の定位置へと行ってしまった。
なんとなく見捨てられたような気がして軽く胸が痛むが、それよりもまず今問題なのはそれではない。
いいかげん部屋の入口に突っ立っているわけにもいかないので、とりあえず中に入る。狭い部屋の左側の壁。そこにくっつけて置かれているベッドの上に、ユーリの足を入口で一度押しとどめたものがぴくりとも動かずに横たわっていた。

「不法侵入と言ってやりてえところだけど、お互い様だからな……」

ふわふわと柔らかそうな、金色の髪。横倒しに倒れているために横顔が見えて、鼻筋が嫌味なくらいに通っているのがよくわかる。
まさに童話の白馬の王子様を地でゆくこの容姿には、見慣れていてもつい感心してしまう。まったく、これで下町の子供時代にはかなり無鉄砲なこともしていたなんて、誰も思わないだろう。
ユーリは、触り心地が良いと知っているフレンの髪に手を伸ばしかけて、やめる。そのかわりに腕を前で組むと、完全に寝入っている親友の顔をじっと見下ろした。



なにをまかり間違ったのか、この親友が自分に愛の告白なるものをしてきて半月。その間まったく音沙汰がなかったくせに、現れたらいきなり人のベッドを占領しているとは、まったく良い度胸である。

「……ったく。いい気なもんだな」

言ったもの勝ちとはよく言ったもので、面と向かって告白されてしまったらユーリには逃げ道がなかった。
そういう気持ちはなくても、ユーリはフレンのことを誰よりも大切に思っている。
だから一度考えてみろと言われてしまったら、きちんと考えて結論を出さねばと言う気持ちにさせられてしまった。
だけどやっぱり少し混乱していたこともあったので、次に顔をあわせたときはどうしようなどと思っていた。それなのに、この男はそんなユーリの葛藤を蹴飛ばすかのように暢気に人のベッドで寝ている。
いっそたたき起こしてやろうかと思うが、うっかり目の下に見つけてしまった隈に思いとどまる。
前団長の反逆と世界の変革。混乱しきった騎士団をとりまとめるのは、想像以上に大変なのだろう。
またそういう時にこの幼なじみが全力をつくすだろうことは、ユーリが誰よりも良く知っている。


そのままにしておくかと踵を返しかけたユーリは、突然背後から強い力で引っ張られてベッドに倒れこみそうになった。
それをなんとか片手で支えると、さらに強い力で身体を引き上げられる。そして背後から伸びた腕がユーリの身体を強く抱きしめ、髪に唇が触れるのが分かった。

「タヌキ寝入りかよ」
「半分だけ」
「なんだそりゃ?」
「たぶん、ユーリに反応して手が伸びた」

どういう条件反射だと怒鳴りつけてやる前に、少しかさついた指がユーリの唇をそっとなぞり、離れてゆく。

「会いたかった、すごく……」
「俺はもうちっとばかし、会いたくなかったけどな」
「でも、僕は凄く会いたかったよ」

あまりに当然とでも言いたげな口調に、ユーリはそうかよと短く返すと、自分の唇をなぞっているフレンの手を軽く叩いた。

「撫でるな」
「気持ちいいのに」
「俺は気持ちよくねーの」
「じゃあ、キスしてもいい?」

くるりと視線がまわったと思ったら、いつのまにか向かい合わせに座らされている。
会うたびに思うが、身長や体格はそう変わらないように見えるのに、純粋な力や筋力だけはどうしてフレンの方が上なのだろうか。

「調子にのんな」
「言うと思った。冗談だよ……」

半分だけねとフレンは笑うと、ぐっと腕を上に伸ばして伸びをした。

「会いたかったのは本当だよ。でも来てみたら君がいなかったから」
「で、俺のベッドで寝ていたのかよ」
「うん。ユーリの匂いがして気持ちよかった」

ケロリとした顔でそんなことを言う親友の頭に、ユーリは容赦なく左手で拳骨を落とした。

「相変わらず乱暴だなあ」
「お前が気持ち悪いことを言うからだろう?」
「なんで? 良い匂いだよ。すごく安心できる」

殴られた勢いでベッドに再び倒れこんでいたフレンは、目を閉じると深いため息をひとつついた。
それに気がついたユーリは、ベッドからフレンを引きずり落とす代わりに、もう一度今度は軽く頭を小突いた。

「あと少しだけだからな」
「うん。ありがと」
「今日は戻るのか?」
「夜にはね」

本当に、少し抜け出してきただけなのだろう。それでも会いたいと思って来てくれたのだと思うと、なんだか複雑な気持ちになる。

「ユーリの側がね、一番安心できるから」

そんなユーリの思いを読んだように、目を閉じたままでフレンが呟く。

「ま、当たり前だな」
「じゃあ添い寝してくれる?」
「ふざけんな」

ぐしゃりと髪の毛をかき混ぜてやると、くすくすと小さな笑い声があがる。

「じゃあ、手を握っていてよ。昔みたいに」
「ガキじゃねえんだぞ」
「それくらい、いいだろ?」

薄く開いた青い瞳が、ゆるりと笑う。
思わず反射的に叩いてやりたくなるが、ユーリはそんなフレンのねだるような視線に弱い。
しかも、目に見えて疲れているのがわかるフレンが相手では、さらに邪険にすることなんて出来ない。

「……少しの間だけだからな」
「ん」

指が絡みついてくるが、そこにはあの夜の時のような情熱的な力も熱もない。
あっという間にまた眠りの中に吸い込まれてゆく幼なじみの顔をのぞき込みながら、ユーリは手を握られたままベッドの端に座り直した。
突然の告白してくるかと思えば、以前のように気を許した親友にである自分にだけ見せる甘えを覗かせてくる。
まったく、わけがわからない。



そしてその数時間後。
誘い込まれるようにそのままベッドに倒れこんで眠ってしまったユーリは、いつの間にか自分がフレンに抱き枕よろしく抱きしめられていることにようやく気付いて、彼をベッドから蹴り落とすこととなった。


END(初出:08/10/21)(08/10/24)

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