思い出との再会・中編




目の前に運ばれてきた白いクリームと真っ赤なイチゴののったケーキに思わず視線を奪われながら、ユーリはちらりと上目づかいに自分の正面に座ったケーキと同じ色彩を持つ麗しい青年を見あげた。
ユーリの兄だと名乗ったその青年は、立ち話ではなんだからとユーリとフレンの二人を市民街の外れにある小さなカフェに連れてきてくれた。
もちろんこんな店に入るのは二人とも初めてで、中に入った途端鼻孔を擽った甘い匂いに、緊張していた事も忘れて思わず目を輝かせてしまった。
そんな二人に青年はふわりと夢のように優しく微笑むと、なにも言わないうちから二人にケーキを頼んでくれた。
横を見ると、やはりフレンも同じように目の前に置かれたケーキに目を丸くしている。
下町では、なにか祝い事や特別な日でなければケーキなど口に出来ない。それをこうもあっさりと目の前に出されたことに戸惑うと同時に、実に子供らしく二人とも大好きな甘いものの前でそわそわと落ち着かなかった。

「どうした? 食べないのか?」

もじもじと気後れしている二人の仔うさぎに、青年は不思議そうに問いかけた。その問いにユーリはふるふると首を横に振ると、意を決してフォークを取り上げた。
小さく切り取ったケーキを口の中に入れた途端、甘いバニラとクリームの味が口の中にふわりとひろがった。しっとりとやわらかなスポンジケーキもバニラの匂いがして、とろけるほどに甘くて美味しい。
思わず笑顔になったユーリに、青年が軽く目を見開く。
可愛らしくはあるがどこか勝ち気な性格がうかがえるユーリの顔が、それこそ目の前のケーキのように甘くとろけている。
何気なくこちらを見ていたまわりの客たちからも、小さなため息が漏れるのが聞こえる。それほどまでに今のユーリの笑顔は、花のように可愛らしかった。

「ユーリ」

一瞬その笑顔に見とれながらも、多少は免疫のあるフレンはすぐに我に返ると、慌ててユーリの脇腹をつついた。それに至福の時間を邪魔されたユーリはムッとした顔をフレンに向けたが、すぐに今の状況を思い出して慌てて笑みを引っ込める。
そんなユーリに、青年の目が残念そうに軽く細められる。それにすこしだけ罪悪感めいたものを感じながらも、ユーリはまっすぐと兄だという青年を見つめ返した。

「あんた、俺の兄貴だって言っていたけれど本当なのか……?」

テーブルの下で、隣に座っているフレンがぎゅっと手を握ってくれる。それに勇気づけられて、ユーリはいま一番疑問に思っていることを口にした。

「ああ、そうだ」
「なんでそんなことわかるんだよ。大体あんたの耳は白で俺は黒だ。あんたの弟だって言うなら、フレンの方がそうかもしれねえじゃねえか」
「ゆ、ユーリっ!? なにを言い出すんだよ君はっ!」

いったい何を言い出すのだと、ぎょっとした目でフレンはユーリを見た。いきなり降ってわいたような親友の兄弟騒動にハラハラしていたら、今度は自分に兄弟疑惑がかかるとは。

「いや、私の弟はたしかにお前だユーリ。耳の色が違うのは、お前が母に似たからだ。耳だけではない。その髪の色も目も、お前は母によく似ている……」

懐かしむように目を細めた青年に、ユーリは目を丸くした。

「母さんを知っているのか?」
「お前との年の差がいくつあると思っている」
「……じゃあなんで、今さら兄貴だなんていって現れたんだよ」

フレンは、自分の手を握るユーリの手が震えていることに気がついた。
ちらりと横目で見やると、黒い耳もぺったりと垂れ下がってしまっている。フレンは勇気づけるようにユーリの手を強く握ると、そっと自分の耳をユーリの耳と触れあわせた。

「……お前がまだ一歳になる前のことだ。家族で乗り合わせた船が難破し、その混乱の中でお前と母は私たちと離れ離れになってしまった。父も懸命にお前たちをさがしたが消息は知れず、5年前に亡くなった」

ハッとしたようにユーリが顔をあげると、青年は静かに頷いてみせた。

「最近になって、人づてにその時の救助船の一つがここ帝都近くまで流れ着いたことがあると聞いて、もしやと思って下町へ降りてきたのだが……。まさかこんなにすぐに会えるとは、私も思っていなかった」

青年はじっとユーリを見つめながら、懐かしそうに目を細めた。

「一目見てすぐにわかった。おまえが私の探していたユーリだ」

その声は特に感極まったような感じではなかったが、嘘を言っているようには聞こえなかった。だいたい、下町の孤児であるユーリを騙したところで、この騎士になんのメリットもあるとは思えない。
だけど、やはり突然自分の兄だなんて言われてもピンとこない。だいたい、あまりにもこの青年と自分の容姿は違いすぎる。これで髪か耳の色が同じなら、もう少し実感があったかもしれないのだが。
どうしてもまだ実感できないでいるユーリに、青年は苦笑しながら軽く人差し指の爪を噛んだ。その仕草に、どきりとする。

(同じ癖……)

取り立てて珍しい癖ではないけれど、その爪の端を軽く噛む仕草は自分とよく似ている。フレンもそれに気がついたのだろう、驚いたように青年を見つめている。

「どうした……?」

そんな仔うさぎたちの視線に気がついたのだろう、怪訝そうに青年が首を微かに傾げる。

「な、なんでもない……」

ユーリはふるふると首を横に振ると、隣にいるフレンの方を見た。フレンは、じっとなにをか確かめるかのように青年を見つめている。

「ひとつ、聞いても良いですか?」

しばらくして、意を決したようにフレンが口を開いた。緊張しているのか、白い耳がぴんと張っている。

「……いくつでも」

青年は静かな表情のままフレンへと視線を移すと、小さく頷いた。

「もしあなたがユーリのお兄さんだとすると、これからどうするつもりなんですか?」

どうするって、なんでそんなことを聞くのだろう。ユーリはフレンの手を握ったまま、内心困惑しながらじっと親友の横顔を見つめた。

「もちろん、ひきとるつもりだ」
「つまり、ユーリは下町からいなくなるってことですか?」

ぎゅうっと、ユーリの手を握るフレンの手に力がこもる。だけどその痛みよりも何よりも、ユーリにとってはフレンの口から出たその言葉が一番驚きだった。

「じょっ、冗談じゃねえっ!」

思わず声を張り上げてしまったユーリは、店内の視線が自分たちの方に集まってきたことに気がついて、慌てて口を塞いだ。

「なんで、いきなりあんたに引き取られることになるんだよ」
「兄だからだ。私にはお前を保護して養う義務がある。家族として」

家族。その聞き慣れない言葉に、ユーリは思わずうつむいた。
天涯孤独とわかっていても、まだ幼いユーリ達は架空の家族をそっと夢見てみることがある。それが空しいことだとわかっていても、どうしてもやめられない。
だから家族とは、ユーリにとってはその手で掴めない夢のようなもので、単なる空想の産物でしかないと思っていた。それなのに、いま目の前にいる青年は自分の家族なのだという。
そんなものは嘘だと、笑い飛ばしてしまえればよかった。
だけどこの青年が嘘をついているようにはとても見えないし、ユーリ自身も、降ってわいたようなこの事態に、思った以上に自分が動揺していることに今さらのように気がついた。


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うさ耳増殖。